最終章・「希望」

前が見えないほど強い風に砂煙が舞い上がり、既に食べるものも無く歩き続け、やっと辿り着いた叔父の店はもう残骸となっていた。

喉が渇き、もう歩くのもままならない。
いっそこのまま死んだ方が良いのかも知れない、そう思っていたところへかつて叔父の家で働いていた張夫婦が現れた。
「久世山さん死なないでください」と言って差し出された包みは粟のおにぎりだった。

だが張夫婦だとてみすぼらしい形(なり)で、子供も亡くしていた。
どう見ても腹が一杯のようには見えなかった。
開いたおにぎりにどんどん砂埃がかかって行く。

日本人の為にこんなひどい目に遭いながら、どうして彼等はこんなにも優しいのだ・・・。
その瞬間、何故か背筋に力が入り、生きようと思った。

一人息子の春彦とその妻が死に、彼等の長男宗一郎と妻、子供の宗春もまた棺になって家に帰ってきた・・・。
泣きもせずに唯立っている緑子が、目が見えないはずなのに自分を下から見上げ、そして手を差し出してくれた。
涙が零れ落ちるのを必至でこらえ、幼い緑子の為にも生きようと思った・・・。

緑子の葬儀が終って4日目の朝、その日久世山は少し調子が良かったのか、僅かだが食事に手をつけ、それが下げられるとずっと窓から遠くの海を見ていたようだった。

10時ごろ、朝と同じ姿勢で海を眺めている久世山を不自然に思った看護士が声をかけたが返事が無い。
久世山宗弘は眠るように穏やかに息を引き取っていた。


昭和24年8月・・・。
庄内の西山農場にいた久世山は、ひょっこりと石原莞爾がこちらの道を歩いてくる事に気が付いた。
「あれ、先生は重体だと聞いてたが、良くなったんだな」と思って迎えに行くと、石原は上機嫌でイモと酒を持って言うのだった。

「久世山さん、日本は廃墟になったが、必ずまた立ち上がるぞ」
「それと、世界最終戦争論の修正に更に修正を加えたぞ」
「どんな修正ですか?」
「人類はきっと衝突を回避する」
「衝突を止める人間がきっと現れる気がするんだ」
「久世山さん、そうは思わないか・・・」
「ああ、そうですね、私もそんな気がします」

「久世山さん、わしは今日は何だか嬉しい」
「近所の農家からイモを貰ったから、これをふかして一杯やろうじゃないか」
「ああ、それはいいですね・・・」

石原はそう言って先に家の中に入り、それに続いて久世山も家に入り、静かにその縁側の障子が閉まる音がした。


「ごめんね、R186641」は本編を以て終了致しました。
たわいも無いヨタ話を文字ドラマと称して記載してしまいました事、
深くお詫び申し上げる次第です。
最後まで読んで頂いた方には、謹んで御礼を申し上げます。

では皆さん、お体に気を付けていつまでもお元気で・・・。
いつかまたお会いしましょう。
有り難うございました。


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第五章・11「チーム世界」

だがアジアが払った代償は大きなものだった。

中華連邦での戦死者は自由解放軍、人民解放軍、一般人民を含めて143万人、韓国・北朝鮮でも死者は少ないとは言え14000人の朝鮮人民軍兵士が死亡していた。

更に最も深刻だったのは日本で有り、核攻撃と放射能被曝での死者は最終的に300万人とも400万人とも推定され、それから後も3000万人近い日本人が被曝によって苦しむ状態が発生していた。

ボノヴィッチは韓国・アメリカ合同軍が地下壕に潜伏していた金正南や朝鮮人民軍将校、及び中国共産党残党を捕らえ、韓国と北朝鮮が統一されるめどが立った時点で、アメリカと韓国に金正南や朝鮮人民軍将校、中国共産党残党達の裁判に措いて、政治犯の極刑は避けるように意見書を出し、その足で間接的に迷惑をかけてしまった日本へ経済担当卿のエミリア・フォノを伴って訪れていた。

同じように日本の復興を支援する為に琉球からは吉田とケビン・シュナイダーがやってきていて、彼等は始めて顔を合わせた格好になったが、その他にも世界各国から放射能除染チームや医療チームが日本支援に駆けつけていた。

日本はその領土の半分が今後30年程は住めなくなる。
だが人口も減少してきている事から、日本の半分で人口を集中させ、そして中国や朝鮮半島復興に伴う経済の中継点として琉球と共に発展する経済政策が考えられた。

また日本だけでは医療に限界が有る為、放射能被爆者を世界各国が受け入れることでも合意し、中華連邦では不都合が有れば最大1000万人の日本人受け入れを表明していた。

人が住めなくなった地域を目の前にしてボノヴィッチは呟いた。

「自分の作戦など全て失敗だった・・・」
「多くの人を殺し、日本からこれだけの土地を奪ってしまった・・・」
「アジアはやはり一つだ」
「どこかの地域が困っていて、他の地域が繁栄するなど有り得ない」

ボノヴィッチの後ろで呟いたのはケビン・シュナイダーだったが、それに更にエミリア・フォノが続く。

「いや、私はフランス、アレクセイはロシア、ケビンはドイツよ」
「世界のどの地域だって困っていたら、きっと世界の平和や幸福なんか有り得ないんじゃない」
「これから世界が日本を助けて行かなければ、結局私達だって平和や幸福を得られない」
「いつか日本が立ち直った時、今度は日本がきっと世界を助けてくれる時が来る」
「そうだな、私達はチームアジア、いや、ワールドチームなのかも知れないな・・・・」

ボノヴィッチは少しだけはにかんだように笑って皆を振り返った。

一方9月30日、3時45分前後の事だが、緑子の警護と監視を頼んでいたマシュー・コーエンから緑子が死んだと言う連絡を受けたマリア・クレイトンは、東京上空での核弾頭の爆発が阻止された事を知ると、急いで緑子のところへ駆けつけていた。

そして現場の様子を見て暫く黙ったまま下を向いていたが、やがて何時もの顔に戻ったかと思うと、すぐさまメディカルチームを呼ぶようマシューに指示した。

「マシュー、彼女の死亡を確認したら、すぐに病院へ運んで子宮を摘出して頂戴」
「子宮ですか・・・」
「そう、そして卵子が有ったらそれを取り出して冷凍保存して欲しいの」
「解りました」
「それとこの話は秘密裏にやってね」
「この秘密が守れている間、あなたはきっと出世できると思うわ」
「なるほど、そう言う事ですか・・・」

それと全てが終ったら遺体を棺に入れて星条旗を贈ってやって・・・」
「あと、もう一つ、メディカルチームが来るまで、彼女と2人きりにさせてもらえるかしら」
「解りました」

マシュー・コーエン少佐が出て行った部屋で、マリアは死んだ緑子を見下ろしていた。

「結局どこにいても同じだったのね・・・・」
「馬鹿ね、死んじゃって・・・」
「卵子は頂くわよ・・・」
「文句は言える?」
「死んだら何をされても文句の一つも言えないのよ」
「だから選択を誤るなって言ったじゃない」

マリアはこれまでに誰にも見せた事の無いような厳しい表情でいつまでも緑子を見下ろしていた。

緑子の遺体は太平洋艦隊の輸送機で琉球政府に引き渡されたが、空港にはボノヴィッチや吉田、緒長等と中華連邦からは張貴進外務卿と、政府成立後一切の役職から退いた除黄王が緑子を出迎えていた。
輸送機から降ろされた緑子の棺には合衆国の国旗がかけられていたが、琉球基地指令はそれを外してたたむと、緒長琉球国元首に手渡した。

葬儀は緒長と吉田が委員長となって執り行われ、火葬の後、沖縄市郊外の墓地に埋葬され、葬儀に参加できなかった久世山宗弘には報告と、これまでに緑子が拘った国、アメリカ合衆国、中華連邦共和国、琉球国のそれぞれの国旗がたたんで贈られ、それらは病室の棚に置かれた。

久世山は寝たきりで起きれなかったが、報告を聞いて、泣いているとも笑っているとも解らない顔で、ただ頷くだけだった。






第五章・10「ごめんね・・・」

一方こちらはハワイオワフ島真珠湾のアメリカ太平洋艦隊司令部・・・。

「長官緊急連絡です」
「構わん・読み上げてくれ」
「日本時間15時36分、北朝鮮本土から核兵器搭載ミサイルが日本に向け発射され、現在横浜若しくは東京の南西部に向かっています」
「起爆までの予想距離は?」
「報告から既に時間が経過していますから、現在起爆地点の2km手前と予想されます」

「馬鹿な・・・、それじゃ間に合わん!」
「ハリー・ハリス・jr」太平洋艦隊司令長官は呆然と立ち尽くした。

また外のオフィスではこの報告を受け取った女性隊員が思わす手で胸に十字架を切っていた。
同じ時刻、ワシントンでは合衆国の保養施設で核弾頭が日本に着弾したことを感じていた緑子が、大統領に会おうと連絡していたが何度電話しても繋がらず、取りあえず荷物をまとめていると、背後に人の気配を感じ振り返った。

そこに立っているのは3歳くらいの男の子だったが、まるで無表情に緑子の事を見つめていた。

「あなたは、そうR186641、貴史と言う名前を貰ったのね・・・」
「私も数字の名前を持っている、B500314、緑子よ」

そう言って緑子がその子供に近付いた瞬間だった・・・。
何とその子供の周りに綺麗な球形の透明な境界が出来、それが少しずつ広がって行き次の瞬間、消滅したのだった。

「これは・・・エネルギーの解放・・・」
「待って、待ちなさい!」

緑子の意識は瞬時に子供の意識を追いかけていた。

北朝鮮の核ミサイルは東京都青梅市の西の端、多摩との境界付近まで達し、ここで起爆した。
もはや1200万人の首都壊滅は確実だった。

だが、中性子が濃縮ウランに突っ込み、白い閃光が発したその時、三鷹の方から透明なドーム状の隔壁が恐ろしい速度でこれに到達、原子核融合反応のエネルギーを押し上げていくのだった。

子供の意識を追っていた緑子は東京青梅市の西の上空でR186641,貴史の意識を追いかけていた。
その速度はほぼ光の速度に近いが、今の緑子にはまるでスローモーションのようにゆっくり見えていた。

「この子は無意識だ・・・・」
「恐さも無ければ、人を守ろうともしていない」
「ただ、このまま座していては自分が滅びる」
「生き延びるとした時、その方法しかなければ躊躇無くそれをやる、それだけなのだ・・・」

「貴史、待ちなさい!」
「そのまま速度を上げると止まれなくなる、死ぬのよ!」

緑子はそう叫んでいたが、既に貴史の意識は自分で制御ができない所まで加速されていた。

「そうか・・・、もう戻れなくなったのね・・・」
「いいわ、お母さんがあなたを止める・・・」
「あなたを守ってあげる・・・・」

緑子は全エネルギーを使って貴史をを追いかけ、そしてもう少しで貴史の隔壁の外に出る瞬間、地球の大気圏の外側25km付近で貴史の意識は外に向かって秩序を失ってしまった。
そしてそれと同時に緑子ももう加速から外へ出れなくなってしまっていた。

「お・か・あ・さ・ん・・・・」
「貴史、ごめんね、お母さん、あなたを守れなかった」
「ごめんね・・・・」

これが二人の最後の意識だった。

地上からこれを見ていた者は、上空で青白い核の閃光が走ったかと思ったら、それが広がる速度を超えて一つ目の透明なドームが広がり、核の閃光を物凄い速度で上空に押し上げ、そのすぐ内側にもう一つの透明なドームがこれを追いかけていく光景を目にしていた。

更にISS(国際宇宙ステーション)では暗黒の宇宙空間に核爆発の閃光が走ったかと思ったら、地球から大きな水の波紋のような同心円の半透明な広がりが上がってきて、それが地球の傘のようになったかと思ったら、もう一つ地球から同じものが上がってきて水波紋のように広がって消えていったのである。

その大きな水波紋のような広がりは2分ほど宇宙空間に広がり、やがて周囲から少しずつ消えて行った。

R186641、伊藤貴史は東京都三鷹市の自宅で毛細血管まで全てが破裂して既に死んでいた。

同じようにワシントンの合衆国政府の保養所では、やはり緑子も全ての毛細血管が破裂し、それはあたかも人体に細かいヒビが入ったように、触れれば砂粒になるのではないかと思えるような姿で死んでいた。

東京の核融合反応はこうして全く説明の付かない奇跡が起こって阻止された。

しかし当初の核ミサイル攻撃で24時間以内に死亡した日本人は200万人、被爆者に至っては推定で3000万人と言う被害をもたらし、東京も核弾頭の直接攻撃は阻止されたものの、西から核の灰に覆われ、その中を逃げ惑う人の姿はまるで地獄絵図そのものだった。

一方韓国でも日本の惨状は既に連絡が入っていたものの、これで作戦を中止しては北朝鮮の思う壺になる為、作戦は決行され、予想通り夜になって韓国に侵攻してきた北朝鮮軍を前に、ソウルや京畿北で待機していた韓国アメリカ合同軍は攻撃してきたら逃げ、攻撃してきたら逃げを繰り返し、やがて北朝鮮軍兵士達の銃弾が無くなった頃を見計らって包囲し、その一方で黄海の対岸から戦闘機を出撃させ平壌を空爆した。

更に中華連邦政府が4万の地上軍を派遣し、国境から北朝鮮に入り、平壌を武装解放した。
韓国に侵攻した北朝鮮兵士達は3日後、食料も弾薬も無い状態から降伏し、北朝鮮は僅か3日で韓国アメリカ合同軍、中華連邦軍によって専制君主主義から解放されたのである。







第五章・9「天地狂鳴」

ボノヴィッチの初動作戦とはこれまでの世界戦術をひっくり返すほど衝撃的なものだった。

まず徹底した情報コントロールを行い、北朝鮮の韓国侵攻は有り得ないと言う情報を各所から流し、ついでに日本への核攻撃も絶対無いだろうと言う情報を流し始める。
敵を欺くにはまず味方からを徹底し、これによって少し静か過ぎる事を警戒し、金書記長に攻撃情報が漏れているのではないかと進言した共産党残党の氾上将の不安は緩和された。

琉球と日本の山口、それに黄海を挟んだ対岸の上海北部に200機の戦闘機を配備したアメリカ軍は、韓国国防部に対し、9月19日から北朝鮮の国境付近から住民の避難を開始させ、これを大々的に報道させた。

ボノヴィッチの神経ガスミサイル封じだったのだが、避難して人がいなければ神経ガスの効力は薄く、遠い所にミサイルを撃ち込んでも意味は無い。
韓国の首都ソウルは国境付近に存在している事から、ここに人がいなければ歩兵部隊で侵攻すれば良いだけになる。

しかも北朝鮮の食糧事情の悪さは軍隊も同じである事から、彼等が採る作戦は基本的には短期決戦、奇襲作戦になる。
つまり夜、ソウルに侵攻すると言う事である。

この間、日本には9月20日に核攻撃の危険性が有ることが伝えられ、情報は報道官制が引かれた上で、ミサイル迎撃システムの配備が日本海中心に開始された。
以前北朝鮮がミサイル実験を行った際、日本の報道機関は迎撃システム取材を行い、その配備されている場所まで報道した事が有った事から、こうした愚かなことが絶対ないように太平洋艦隊司令長官の名前で日本の防衛省に通達されていた。

また琉球は既に蟻の這い出る隙間も無いくらいに迎撃システムが配備され、アメリカ軍琉球基地からはいつでも戦闘機が飛び立てるように準備が整えられ、日本の太平洋側では迎撃システムを搭載したレキシントン他、いずれも迎撃システムを搭載した艦船3隻が横浜沖で警戒に当たっていた。

嵐の前の静けさとでも言おうか、極東アジアは恐ろしいくらい静かになった。
9月27日、緑子はマリアとの約束を履行し、ワシントンの合衆国政府所有の保養所に来ていたが、アメリカの偵察衛星の観測によると、北朝鮮の核ミサイルはその12基が発射台に乗せられている状態であることが判明していた。

14基すべて配備されるのを合図に第1種警戒に入ろうと言う米軍に対し、ボノヴィッチは北朝鮮は金が無く、従って全部の核兵器を使ってしまえば次に作るまでに時間がかかる。
当然迎撃システムの事も知っているから、より多くのミサイルを発射したいだろうが、貧しさがこれを止める。
12基発射台が組まれたなら、これが完了した時点から第1種警戒に入るべきだと主張する。

更に韓国は国境付近から住民を全て避難させ、その代わり夜の間に韓国アメリカ合同軍がソウルや国境付近の建物の中に潜んでいる。
この状況では北朝鮮は神経ガスミサイルを撃ち込んでは来ないだろうし、夜に歩兵部隊が侵攻してくる場合、核ミサイルの発射はその5時間か7時間前が効力を発揮する。

従って発射台が完成し、テストが行われている場合、この時間が夕方なら核ミサイル発射は翌日の1時から2時、最終確認作業が朝の場合は、ミサイルの発射は当日の同時刻に行われる。

運命とはその状況が積み重なってできる流れなのか、或いは先に運命が有ってそれによって状況が集まって来るのだろうか・・・。
いずれにせよ時は満ちた・・・・。

9月30日、午後1時44分アメリカが配備した日本海上の迎撃艦船のレーダーが、北朝鮮国内から発射されたミサイル6基を確認、すぐさまおびただしい数の迎撃ミサイルが発射され、6基の核ミサイルは瞬く間に日本海の藻屑となって行った。

続いて同日午後2時32分、今度は5基の核ミサイルが北朝鮮から発射され、今度も簡単に迎撃が出来ると誰もが思っていたその瞬間、日本海側に配備されていた迎撃システムが全て異常を起こし、次の瞬間男鹿半島の内陸寄りの地点でマグニチュード8・44の巨大地震が発生する。
一挙に津波が押し寄せ、日本海側に配備された艦船はその殆どが波高40mの波にコントロールを失ってしまう。

その間日本に近付いた核ミサイルの内、2基はかろうじて作動した日本海側の陸上に配備された迎撃システムによって打ち落とされたが、3基が迎撃ステムを通過、一つは新潟県三条市付近に、もう一つは震源地の男鹿半島の北に、そして最後の1発は石川県金沢市の北30kmの地点に着弾した。

激しい閃光と共に一瞬でこの三地点は焼け野原となり、新潟県三条市付近では死者の数が推定で40万人、金沢市付近でも推定で50万人、、男鹿半島では津波の被害も含めて付近で30万人が瞬時にして蒸発してしまった。
そして爆風で一度は広がった毎秒100m以上の爆風が今度は戻ってきて、あらゆる建物をなぎ倒し、日本海側の北陸から東北に3つの巨大なキノコ雲が現れたのである。

だが深刻なのはこの後発生してきた放射能の灰である。
おりから日本を通過し、太平洋側に出ていた低気圧に向かって放射能の灰が流され、神戸市付近から北の日本、全ての地点で放射能数値が基準の何百万倍に達してきていた。

そしてこの状況から被曝を恐れたアメリカ太平洋艦隊は即時避難体制に移り、日本海と太平洋の艦船も日本から離れ始め、そこへ点検で異常が見つかったものの、1時間後に点検が完了した北朝鮮の最後の核ミサイルが発射、本当は日本アルプスに照準されていたにも拘らず、真っ直ぐに東京の北西部に向かって進んでいた。




第五章・8「動乱の足音」

「孫先生が亡くなる前日の夜、先生は先が見難くなったと言う話をされていました」
「私も今、暫く先が見えません」
「だから、覚悟はしていました」

「そう・・・、実はこちらでも孫雷文の死に付いては有る程度の事が解っていて、今あなたが言ったように、先が見えなくなるからそれが来るのか、それが来るから先が見えなくなるのかと言う事になってるの」

「ただ、孫雷文は一人だったけど、あなたには合衆国が付いていて、先の危険を推測で予知できたかも知れないの」
「だから、それを避ける事が出来るかもしれないのよ」
「はあ・・・」
「あなたが16・7日より先が見えないと言う事は、例えば琉球にいたら核攻撃を受け、それで死ぬとしたらつじつまが合う事になる」

「それから先が無い訳だから見えないのは当然よね」
「私達はあなたの16・7日と言う時間からどこかでの核攻撃は確実だと判断したの」
「勿論琉球の核迎撃システムは日本国内より更に厳重なものになっている」
「だから、琉球でキノコ雲が立つことは有り得ない」

「しかし、それより安全なのは合衆国なの」
「北朝鮮からここまで核ミサイルが飛んで来る確率は0よ」
「久世山老人の事は琉球の緒長に頼んで、既に専属の看護士を付けてもらったわ」
「だからせめて北朝鮮の韓国侵攻が終るまで合衆国にいて欲しいの」

「私はそんな価値が有るんですか・・・」
「何言ってるの、ボノヴィッチの知恵も、あなたの能力も世界を変える力があるのよ」
「私は本当言えば北朝鮮など大したことでは無いと思ってる」
「平壌を空爆すれば事実上それで終わりよ」

「でも、世界にはまだ先が有るの」
「これが終ったらもっと厄介なイスラム原理主義との衝突よ」
「2000年も前から続いている衝突がこの先きっと大きな衝突になってしまう」
「いや基本的には貧困との戦いなのよ」
「イスラム国が台頭してきているのは知ってるわよね」
「ええ」
「あんなもの国と名前は付いているけど国家の概念も何も無い、唯混乱と貧困に巣食うダニでしかないわ」

「貧困と混乱がなくならない限り、これを抑えることは出来ないかも知れない」
「でも、あなたの力が有れば、もしかしたらこうした衝突を抑えることが出来るかも知れない」
「その希望なの」
「大統領、私はあなたの過去を全て知っている」
「あなたが人に言えない秘密を持っている事も、悪い女だと言う事も・・・・」
「でも、私は本当はあなたが好きなのかも知れない」

「死ぬのが恐くないかと聞かれた時、死んだ事が無いから分からないと答えるだろうあなたは、多分私と同じ人間なんだろうと思う」
「秘密を知っている私を殺しますか?」
「あなたやっぱりイイ女になったわね」
「本当は殺して置いた方が安全な事は解っている」
「でもあなたはきっと秘密を人に喋ったりできない、それが今解ったわ・・・」

「北朝鮮の事が終ったらロンドンへ行って一度マララ・ユサフザイと言う女性に会って貰うわ」
「彼女はイスラムの内から、そしてあなたには外からそれぞれの世界を変えて行って貰い、起こるはずの衝突を回避する道を作ってもらう・・・」

「だから今死んでもらっては困るのよ」
「解りました、合衆国大統領の要請を正式に拝領致します」

緑子はそう言って笑顔でマリアを振り向いた。
おそらくこの緑子の笑顔は、彼女自身も始めて知る笑顔だったに違い無かった。

死に期日が無い事を理論物理的に考えるなら、確定した死の時間がもたらすものは「生」のパラドックスである。
死の期日はそれまでの生を確定させる事になり、ここでは自分でこめかみに銃を向け引き金を引いても、期日の確定がこれを否定する事になる。

絶対死ねない事になるので有る。

そしてこの宇宙で絶対と言うものは存在しないとするなら、死の期日、死の時期の確定と言うものは少しずつ不確定を引き入れざるを得ない拡大を起こし、最終的には完全な不確定に近付いてしまう。

つまり死の時期の確定は生の絶対的確定が有って存在する事になる為、理論物理学上も死の時期の確定は存在してはならないのである。

緑子は大統領の要請を受け入れたが、この概念で言えば北朝鮮が韓国に侵攻するまでは命が保障されている事になると考え、9月27日、韓国侵攻が始まる2日前にワシントンに戻る事を約束して琉球に戻り、緒長と吉田に北朝鮮の韓国侵攻が有り得る事、核攻撃の可能性が有る事を話したが、同時に日本への合衆国からの全ての情報の開示が9月20日と定められていた事から、それまでは口外してはならない事も伝えた。

眠っている久世山宗弘の病院の窓から外を眺めると、その日はとてもよい天気で風も心地良く、遠くにはどこまでも青い琉球の海が広がっていた。
緑子はもう暫くしたらこの東シナ海の上、日本海と黄海で激しい戦闘が繰り広げられるなど、それこそ信じられない気がしたが、
その日は静かに、しかも確実に近付いてきていた・・・・。

そしてもう一つ・・・。
どこからとも無く大いなる不安が、これまで自分や孫嶺威を遠くから見ていた存在が放っているであろう、言い様のない感覚が緑子のところへ伝わってきていた。

それは自身が放っているであろう感覚と同じもので、或いは自身の鏡か、それとも自分がその存在の鏡か・・・・。





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old passion

Author:old passion
この世に余り例のない出来事、事件、または失われつつ有る文化伝承を記録して行けたらと思います。

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「保勘平宏観地震予測資料編纂室」
「The Times of Reditus」

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