2010/08/31
相対自己限界の崩壊
「奥さん、今日も暑いね」「本当ね、こう毎日暑くちゃ買い物も大変よ」
「ところでおじさん、今日はいったい何が買い得なの
「おっと、いけねー、奥さんのあまりの美しさに商売を忘れるところだった、今日はね大根とナス、それにトマトも安いし、スイカも結構買い得だよ」
「相変わらず、口がうまいわね、じゃナスを4個とトマトも4個、それに大根も1本頂いていこうかしら」
「へい、まいど、奥さんにはいつも買ってもらってるから特別サービスだよ、ナスもトマトも大きなのを入れとくよ!」
「ねえ、おじさん、さっきスイカって言ったわよね」
「ああ、奥さんスイカもお安くしときますよ」
「そのスイカだけど、どこにあるの」
「えっ、スイカはそこにありますが、分かりませんか」
「おかしいわね、どこにもスイカは見えないんだけど」
「奥さん、これこれ、スイカ3本で100円だよ」
「えっ、スイカ3本で100円」
「そう、3本で100円」
「おじさん、それはキュウリじゃない」
「いや、これがスイカなんですよ」
「えーっ、これは普通キュウリよ」
「へっ、そうなんですけど、今朝からキュウリをスイカと呼ぶことに決めたんですよ」
「おじさん、暑さで少しおかしくなったんじゃない、どこの世界にキュウリをスイカって呼ぶ人がいるの」
「へっ、あっしが決めたんですよ」
「・・・・・・・?」
主婦暦20年、当年45歳のベテラン主婦恵子さん(仮名)は一瞬めまいがしたが、それが暑さのせいか、はたまた訳の分からない八百屋のおっさんの言葉のせいかは明確に区別がつかないまま、黙ってナスとトマト、それに大根の代金を払うと家へ帰りついたが、早速エアコンのスイッチを入れ、一休みしようと冷蔵庫からカキ氷を出して食べると、やっと暑さからボーっとした意識が少し正常に働き始めた。
「まったく、どうかしてるわ、あのおっさん。キュウリをスイカだなんて、それも何、あの態度は・・・、まるで俺がそう決めたんだみたいな、偉そうに、もう2度とあの八百屋には行かないわ」
恵子さんはどんどん涼しくなってくるに連れて冷静になり、その冷静になった分怒りが沸いてくるのだった。
そしてソファの上にあぐらをかいた恵子さん、おもむろにテレビのスイッチを入れると、ちょうどそこにはお昼のニュースが流れていたが、それを観ていた恵子さん、思わず口の中で解け始めているカキ氷を噴き出しそうになった。
「本日午前7時をもって、昨日までキュウリと呼んでいたこの細長い緑色の野菜は、これからはスイカと呼ぶことに決まりました」
「なお、この決定をしたのは八百屋さんの熊虎権三(くまとら・ごんぞう)さんで・・・・」
さて、これはフィクションだが、実際にこうしたことが起こったらどうしようか、恵子さんはこれから後、どうやってそれまでの価値観と、新しい価値観に整合性をつけることができるだろうか。
またそもそもこう言うことを誰かが決定して良いものかどうかだが、実はこれと同じ事を菅直人政権は言っているのである。
追加経済対策で学校を卒業して3年以内の者は「新卒者」と呼ぶ・・・。
これは政府が決める事か、また実際に高校や大学を卒業して3年目の人が、自分を新卒者と自覚できるか、人材を雇用する企業がこれを認めるか、名目だけ新卒者にしたところで何の意味があろうか・・・。
それにこれだと現役で、今までの観念からも新卒者だった人の有利性が希薄になってしまう。
つまりいずれにしても決まった数しかない就職枠が、この制度のおかげで本当の新卒者に不利に働く可能性が出るのであり、また企業とて馬鹿ではない、履歴書の年齢を見ればその人材が新卒者かそうでないかは歴然とするだろう。
それを言葉でごまかして一体何の利便性が出るのか、少し冷静に考えて見れば、本当にお笑いである。
新卒者と言う言葉は文字通り、新しく学業を卒業した者のことを言うのであって、そこには範囲は存在していないし、もし範囲があるならそれは学業終了後1年以内である。
広辞苑や辞書の漢字や言葉の意味を、政府が決定するなど傲慢も甚だしい。
またこんなことが経済対策だと真顔で言っているとしたら、これはもはや正気の沙汰ではないが、この案に対して評論家がそれらしい評論をしているのも異常である。
こうした案に対する評論など「正気ですか」で充分だ。
それにこうして3年以内に学業を終えたものを雇用した企業には、補助金を出すと言うのも、大きな問題だ。
雇用と言うのは需要があって生産が必要で、それで発生するものであって、それを補助金で雇用を援助した場合、企業は補助金が出る間は雇用できるが、それが終われば人員を雇用できなくなる。
そればかりか補助金が付いた労働力を使った企業と言うものは、同業種であれば、補助金が無くても人を雇用している企業より経営体力が無くなる。
つまり補助金と言う制度は麻薬のようなもので、企業の競争力を奪い、補助金が打ち切られた瞬間から、企業経営が圧迫される制度でもある。
こうしたことを鑑みるとき、政府が打ち出した追加経済対策は経済対策ではなく、経済破壊対策と呼ぶに相応しいものであり、また社会通念上、現在まで日本国内はもとより世界的な概念でもある、「新卒者」の概念を勝手に期間延長して、それで言葉の上で新卒者にした思うことの愚かさ、傲慢ぶりは、もはや絶望的な印象を社会に与える。
そしてこうしたことが発表されても、誰もおかしいと思わない、意見を言わない社会と言うものは何だろう。
今をときめく民主党代表選挙で菅直人が選ばれようと、小沢一郎が代表になろうと、それは本来国民の意思など必要としない党の事情に過ぎず、また国民が意見を言う場でもない。
そんなものにまことしやかに評論や予想をしたところで何の意味があろう。
しかし政府が示した経済対策は国民が意見を言わねばならない問題であり、そこがおかしければ代議士を通して是正するようにしなければならない。
国民の義務は民主党の代表選挙の予想で浮かれることではなく、小さなことでもこの国が道を誤らないように言葉を発することだと思うが、如何か・・・。