「大いなる旅路・2」

21世紀の今日、世界はまずこの10年で最後まで残っていた資本主義に支えられた自由主義と言う政治的価値観を失い、ここに世界はあらゆる政治、「調整機能」を完全に喪失し、いまや政治は「空白」の状態になった。

このことが基本的には中国の「食欲至上主義」を台頭させ、イラク、アフガニスタンに混乱をもたらし、中東の間違いなく幻想を追っているだろう「民主化運動」を発生させ、今やパレスチナが国連に独立国の申請を行うに至ったが、これはつまり自由な社会が訪れたのではなく、国際社会が調整機能、つまりは政治と言うものをなくしてしまっているからであり、この先に待っているものは混沌、混乱と言うものなのである。

同じようにヨーロッパ経済では次々破綻国家が続出し、アメリカの財政赤字も全く改善されないまま、中国経済も頭打ち、世界第三位の経済大国日本は、破綻国家のギリシャより遥かに多額の財政赤字比率を持ちながら、国民は大きな夢を諦め、小さな夢である食事や旅行で刹那的な満足に浸っている状態である。

ここに政治のみならず、経済の面でも国際社会はその行く先を失っている。
即ちこれまで唱えられたあらゆる経済理論は根拠を失い、皆がどうして良いか分からなくなっているのだが、当たり前のことである。
本来経済では無い枝葉を経済と考えているから、根の無いつる草を発展させようとしてもそれは無理なだけの事だ。

加えて経済の本質は「拡大」であり、ここでは第一次欲求「食欲」のような粗雑さや競争が命題にであるにも拘らず、皆が仲良く幸せになろうとすればどうなる。

そこでは格差是正、公平平等、誠実、信頼と言った上品な言葉にかき消された、生物の本質すら失われた幻想を根拠に経済や政治が考えられ、ついには計画生産型の経済が現れてくるので有って、既に1980年代にはイタリア、フランス、スペインなどの国家の国民が刹那的享楽主義状態に陥っていて、1990年初頭、バブル経済が崩壊した日本でもこうしたヨーロッパ的な生活スタイルを目指すべきだとした経済学者も存在したが、その結果が今日の日本である。

親友との関係を基本にする互いの条件を、町内会の会員にまで拡大したようなEU「欧州共同体」は、始めから無理な事が分かっていながら今日の経済破綻であり、これを解決する仕組みは日本のバブル期と同じように「公的資金の注入」だが、同じEUの中でも経済的に破綻していない国家の国民の税金が、散々浪費して破綻した国家の救済に使われることは「本来おかしい」ことであり、これが日本国内での処理なら、国民と言う個人の不満が集積されたとしても、所詮個人だから抑制する事も出来ようが、国家が相手となればそんなに簡単には行かない。

EUは先の見えない奈落の淵に立っていて、これに引きずられるように成績の悪いアメリカや日本、そしてこの先の世界経済は限りなく不透明どころか誰も予測不能な混沌へと陥っている。

その上で先頃、日本の大学研究機関も参加した「ニュートリノ」研究の成果だが、これまでアインシュタインの相対性理論によって、光の速度を超える「質量」は存在できないとされていた一つの科学的「真理」が、光速を超えるニュートリノの速度が発見されたことから、どうやら崩れつつある。

中々興味深いことだが、政治、経済、世界情勢の崩壊、加えてあらゆる国家の国民がこれから先混乱を迎える時期に、これまで絶対的真理とされていた科学理論まで混沌に向かう事になるのは、まさにインターネット上の世界で「より多くのリンクがあるところに更にリンクが集まる」仕組みと良く似ている。

つまり今世界は、いや地球のあらゆるものが混沌へと集中し、次の何かに向かおうとしているのでは無いだろうか。

事実や真理とは、また我々が信じているものなど儚いものばかりである。
もしかしたら事実や真理と言うものもまた決して割り切れることの無い円周率のように刻々と変化していくものか、或いはこの宇宙には何も存在していないのかも知れない。

男も女も確かに始めは男であり女だが、やがてはそれが性差すらも必要としない時へと移行し、そしてついには「命」としての繋がりになり、やがて形すらも無くして行くが、そこに人の思いだけは残っていて、真実や事実も時間経過によって変化していくものに違いない。

ニュートリノが光速を超えたと言う研究結果は、もしかしたらあらゆる物理的理論を崩壊させるかも知れないし、同じように政治も経済も混沌に向かった。

でも私はどこかでこのことがとても嬉しい。
また新しい人類の旅が始まるようで、こうして苦いコーヒーを片手に夜空の星を眺めていると、まるでこの宇宙が「さあ、また始まるぞ、新しい秩序はお前が創れ・・・」、そう言っているように思えるのである。

さて、ふと隣を見ると猫があくびをしているので、今夜はここまでとしよう・・・。
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「大いなる旅路・1」

男が女と寝ている時、女が男と寝ている場合でも良いが、自分が今現在一緒に寝ている相手は確かに固有の異性と言うものに違いない。
しかし我々人間は特定の異性と事に及んでいながら、実はもっと漠然としたものを相手にしているかも知れない。

例えば女が男を好きだと言う場合、そこにはその女が理想とする「男」の漠然とした概念があり、その範囲の中で最も理想に近い男が選択され、それで生殖活動を行っているが、そこに存在するものはある種の理想が先鋭化された結果の男の個体と言うべきもので、そもそもは漠然とした理想であり、これは実は形を持っていない。

我々人間は男なら誰でも、女なら誰でもの世界を特定の異性に見ているようなものであり、好きな男と寝ていながら、女は本当はその男とは別な「男」と言うものの全体像とも寝ているのであり、愛していると言いながら、男はまた別の何か得体の知れない女と言う全体概念とも寝ていることになるのであり、この傾向は女より男の方が遥かに強い。

そしてこうした意味で全体的概念の男や女は、社会的に形成されたものが「個」に干渉するものであり、男女の営みはあらゆる事象が影響を与えた結果として、固有の異性と寝ていると言う現実を生むのであり、これは政治や経済、知識も同じ原理を持っている。

つまり人を好きになるのに理由は要らないが、どこかでは全ての総称として男女がめぐり遭っているのと同じように、政治や経済もそれ単体で動いているのではなく、例えばどこかで女が一人の男を好きになる事と、政治や経済は全く無関係ではいられないものなのであり、なおかつそれは変化していながらその変化には気がつかず、少しずつ壊れている大変危ういものでもある。

我々は通常一般的には政治や経済、生活、恋愛や娯楽、犯罪と言ったあらゆる事象を区別してそれぞれに考えようとしていくが、人間の営みに措いてこうした事象は全て同じことであり、従って政治をそれだけで分けて考える者、つまりは政治家が一番が政治を分かっておらず、経済活動の中にある者ほど経済を理解していない。

何故なら皆そこに「人間」と言うものを考えないからであり、高々数千年の統計から導きされた理論や学説など、その逆べき分布の不確定性から簡単に淘汰される事を知ることが無いからだ。

常に動いて形の捉えられないものを「止めて」考える人間の習性は「真理」や「事実」を生じせしめるが、それらは一時何かが発見されるまでの、或いは必ず劣化していく生物や物質の、ただの状態に過ぎず、あらゆるものは混沌から発生し、それが秩序となっていく過程の「秩序」は、決して「真理」とは成り得ず、それは科学の世界に措いても免れず、一度秩序から混沌に向かう時はあらゆるものが混沌へと向かうが、この原理はインターネットの世界でどこのサイトが発展していくか予想が出来ないにも関わらず、一度リンク数が増え始めると、より多くのリンク数を誇るサイトにアクセスが集まっていく仕組みと同じような「速度」を持っている。

20世紀の世界はそれが正しかったか否かはともかく、それまでの混沌から「秩序」を形成したが、まずこうした秩序が一番先に壊れて行ったのがイデオロギー「思想」や政治であり、この思想や政治の秩序を壊していった原因は「経済」であり、この基本因子は生物の第一次欲求であり、「食欲」に始まる個人の欲求の膨らみに政治が呼応して行ったからである。

政治は本来「調整機能」のことであり、この事から政治とは個人に対して「妥協」を容認させる事がその本質だが、少しづつ膨らんだ調整機能実務者、いわゆる行政関係員、公務員などの増大は、やがて調整機能と言う本質を失い、組織維持へと変遷し、それに経済が迎合していった事から、現実よりも未来重視型の社会を発生させ、自由主義が謳われながら、そこには政府が経済に干渉していく「社会主義経済」や「統制経済」が顔を覗かせ、一度こうした仕組みに落ちた政治は、本来個人に付託されるべき経済の「努力」の部分まで民衆に保証しなければならなくなった。

この意味で経済を壊した諸原因の始まりは経済学者の「ジョン・メイナード・ケインズ」であり、ニューディール政策の「フランクリン、デラノ・ルーズベルト」と言えるが、世界恐慌の中で貧困に喘ぐ民衆が存在する当時の世界経済を鑑みるに、こうした流れの根本的な原因は民衆にあり、彼らが望んだものが「経済保証政治」だったと言うことでもあるだろう。

だが1980年代、まず経済至上主義は「ソビエト連邦」と言う社会主義イデオロギー体制を破壊し、ここに野放しになった資本主義は増長し、あらゆる価値観を呑み込んで膨らみ、やがて世界が有限である事に気が付き破綻していく事を繰り返したが、増長する経済はその根本である「生産」をないがしろにし、金融や株式と言う枝葉を発展させ、結局皆が枝葉ばかりになって「生産」と言う根元を失っていた事から、こうした金融と言う幻影を経済と考えた社会が行き先を失うのは目に見えたことだった。

                         「大いなる旅路・2」に続く


「神拝作法」

古い時代の神道の考え方はその大まかなものは全て「禊」(みそぎ)へと通じている。

ここには人の「悪」を「穢れ」(けがれ)によるものと考え、神はこの穢れこそを嫌い、人は穢れを祓うことによって正しきものとへ帰することができると考えられていた。

神社参拝に措ける最も基本的な部分は「禊」にあり、これはつまりその身を清める事にあり、例えば伊勢の五十鈴川(いすずがわ)などは、昔は橋が架かっておらず伊勢神宮を参拝する者は五十鈴川を歩いて渡る以外に方法がなく、ここに好むと好まざるに関わりなく参拝者は「禊」を通って神前に向かう事となっていた。

流石に現代社会に措いてはこうして川を渡って禊を行う事はなくなったが、しかしその重要性を鑑みるに、近代の社寺はその参道に必ず「手水舎」(てみずしゃ)を設置し、ここでは清浄な水が流され、そこで禊が行えるようにしてある。
「禊」とはその意味するところは「穢れ」を洗い流すことだが、それを形にするなら美しい水を体にかけて洗い流す事を指していて、従って神社に参拝する者はまず「手水舎」で両手に水をかけ次に口をすすぎ、世俗の穢れを清める事がその入口となる。

禊とは「水注ぎ」、「霊削ぎ」と言う具合に基本的には「削り取る」意味が有り、この事から陰陽道ではまず「陰」となり、その意味するところは「削除」とされる右手から水をかけ穢れを削除し、同じく陰陽道での「陽」である左手に水をかけるが、ちなみに左手には「満つる」意味があり、このことから右手で穢れを削除し、左手で清浄なものを満たすと言う形がここには存在している。

そして参道を歩くおりには道の中央を歩いてはならず、これはなぜかと言うと道の中央は神が歩く道として、敬意を払っておかねばならないからであり、神殿に向かう時は左右どちらのが側でも良いが、神殿から下るときはできれば左側を下ると良いかも知れない。

またこれはよく誤解されている部分もあるかとは思うが、神社拝殿の軒先にかかる鈴や鐘をうち鳴らすとき、賽銭などを入れてから鈴などをうち鳴らす人がいるが、これは基本的には間違いであり、まず拝殿に到着したら一番先に鈴や鐘をうち鳴らし、それから賽銭を入れるのが正しい。

神社拝殿の軒先に掛かる鈴や鐘は神に挨拶したり、自分がここにいることを知らせる為のものではなく、これもその本質は「禊」なのであり、「音」による汚れの祓いなのである。

神社拝殿の前では、必ず一番最初に鈴や鐘があったらそれをうち鳴らし、次に賽銭を入れて参拝すると良いが、賽銭は基本的に貢物であることから、必ずしも多くの金額を入れたからと言って、また縁起の良い数字の金額をいれたからと言って願いが聞き届けられるのではない。

その身分に応じた「気持ち」が大切になる。

「二礼二拍手一礼」、これが神社参拝の最も一般的かつ基本的な神拝の仕方だが、「礼」は正しくは「拝」と呼ばれ、この儀礼の有り様は腰を折って上体が地面と平行になるまで身をかがめた状態を言い、これを二度繰り返し、それから拍手を二度行い、最後にもう一度最初に行なった「礼」を一度して神拝は終わるが、ここで注意したいのは拍手の仕方と、願い事をするおりの手を合わせる動作、「合掌」の形である。

一般的に「合掌」と言えば両手を胸のところに合わせることだけと考えがちだが、実は神道の合掌と仏教の合掌には区別が有る。

仏法の合掌は両手を合わせたその指先が左右両手とも揃った状態を基本とするが、神道の合掌はその由来である陰陽道の考え方から、合掌したとき陰陽思想の陽の前面性があり、この事から合掌した手の指先は陰である右手を指の間接一つ分、左手から下げた状態が正しくなる。

この事は拍手をする時もそうだが、最初に胸の高さで左右の指先がきちんと揃った状態で合わせられ、次に右手を指の間接一つ分左手から下げ、その状態から肩幅まで両手を開いて拍手し、これが二度繰り返されるのが拍手の正式な儀礼になり、ちなみに合掌した手が向かっている先も仏法では天、上を指しているが、神道では御神体の在る位置、即ち体と地面が90度の角度関係に有るなら、約45度の方向を指している状態が正しい有り様となる。

また「二礼二拍手一礼」はあくまでも基本であり、何か特別に強く祈願する事がある場合は、二礼二拍手の後合掌して祈願し、再度二拍手二礼すると良いが、古い神社、例えば伊勢神宮などでは「八度拝」(はちどはい)と言って、「拝」を4回づつ2度行い、次いで柏手(かしわで)を8回うつ作法となっている他、出雲大社などでは四拍手が作法となっている。

神社に参拝すると言うことの「参る」と言う意味は「目居る」に由来していて、基本作法である二拍手の内最初の拍手は自身が神前にお伺いしたことを知らせる為、そして2回目の拍手は神前にて畏れを表現していて、最初の「拝」、「礼」は神界に入る為の礼儀であり、最後の「拝」は神界と自身がその形をしてつり合った状態を指している。

更にこれはやはり伊勢神宮を中心とした伊勢神道の流れでの話だが、伊勢神道では1回目の柏手を打つときには「天之御柱」(あめのみはしら)と唱え、2回目の柏手では「国之御柱」(くにのみはしら)と唱える口伝が伝承されているが、「天之御柱」とは「級長津彦」(しなつひこ)であり、「国之御柱」は「級長津姫」(しなつひめ)を指していて、これは両方とも「風神」の事である。

「神界、仙界、仏界、いずれの界にても、そこに在る者の名を唱え、早馳風神(はやちふうじん)取り次ぎ給えと柏手を打ち、膳を備うれば、忽ち(たちまち)届くなり・・・」
古神道ではこのように願い事をいち早く神に伝えるなら、風神に膳を備えて頼めとしているが、なんとも日本らしい話である。

最後になったが神社参拝と言えば、その祈願の中には「縁結び祈願」も多いかも知れないが、こうした言葉の発祥にはそのむかし、自身が思いを寄せる人の名を紙に書き、それを神社仏閣の格子や境内の樹木などに結びつけ、思いを寄せる人と一緒になる事を祈願した事から、人の思いではどうにもならない「縁」を神力に頼って行こうとする思いが存在していた。

だが「縁」は結びたいと思いながらも自身ではどうにもならない部分が在るように、「縁」を切る事もまた「縁」を結ぶより遥かに困難なことでもある。

それゆえ「縁結び」はまた「縁切り」も同じことであり、「縁」、すなわち運命を変えたいと言う願いは、いつしか人々に縁結びの逆回し作法によって為されるようになったが、基本的に神道では作法の逆回しが反対の効果を呼ぶとは考えられておらず、ここでは正規の作法の上に願いを伝えることがより正しい祈願の在り様と言える。

9月22日は私の住んでいる村の祭りであり、仕事はしてはならない事になっているので久々の休みとし、神社参拝礼法など書いてみたが、台風の影響による雨のおかげで稲が全て倒れてしまい、これからこれを刈り取らなければならないかと思うとため息が出るが、朝から赤飯を炊いて神棚に供えていると、今は悪いことにても、いつかの日には自身の力になるものなのかも知れない、そんな事を思えて来るから不思議なものだ・・・。



「災害の意味」



【卒業ソング】いきものがかり「YELL」 / Instrumental、歌詞入り・・・・・

実は人類を滅ぼすものは戦争や貧困、食料危機ではなく、「平和」や「安全」「豊かさ」と言うものかも知れない。

雑草はあらゆる人間の排除に対し、徹底的に蘇生してくるが、大切に保護されている人間の作物は人間の手が加わっていかなければ生きることができない。

この事を鑑みるに、古代ギリシャの人々の哲学観の中に存在していた、人間の中に在る「秩序」と「破壊」は、ある種その種族が生き残る為の絶対的事実と、システムの同時発生、一致した存在と言うものなのかも知れない。
即ち人類に取っては「秩序」も「破壊」も同価値を持ったものであり、もっと簡単に言うなら安全で幸福な暮らしと、多くの人々の命が失われる巨大天災は等しい価値を持っているものかも知れない。

ミクロ「個」とマクロ「全体」がその理想する到達点は実は存在していない。
個人が思う理想と、国家が目標とするものはともに形なきものであり、それは「ゆらぎ」でしかなく、しかもミクロとマクロは互いに相反する命題を抱えていく。

日本は現在未曾有の高齢化社会だが、この現状の基本的な原因は「経済」にあって、しかもこの経済が豊かすぎる状態が、個人の理想をある程度実現可能にした時期が有った事に端を発している。
生物は劣悪な環境、即ち「死」が身近にある状態ではより多くの生殖をもたらし、豊かな環境では生殖能力が低下していくが、これは個人の中にも存在するミクロとマクロの内、ミクロが増長するためである。

もともと生物に措ける「生殖」はそれが基本命題だけに、あらゆる快楽や感情などが付加され、その事が大きな喜びである反面、己の存亡をかけた命題となっている。

「個」に措けるマクロとは「生殖の肯定」であり、ミクロが「快楽」や「欲求」を満たす部分となっていて、これらは本来相反したものだが、それがひとつになっていて、しかもこうした基本的な生物の快楽は他の快楽に対して影響を受けやすい。

また「個人」と「国家」の関係に措いても、どこかで人類はそぞれを統一した価値観のように考えてしまうが、これもそもそも相反するものを、現実を無視して統一した観念としようとすることから、ミクロとマクロが妥協したような不自然な社会が出来上がってしまい、そうした社会の形が現在の日本や世界の姿である。

為に軽薄な「正義」「平等」、「優しさ」などが横行し、そこから外れる者は異端や悪とされるが、現代日本の40歳代以下労働者意識では、2010年の段階でその50%以上が何等かの形で「天変地異」を望んでいた事実は何を意味しているか、そこには悲痛な若者たちの姿が垣間見えている。

つまりミクロとマクロが妥協した社会を変えられない、変える道が閉ざされた者たちの声が聞こえるのである。

例えば日本の年金制度を取って見てもそうだが、この秩序が大切なのは年金を貰っている高齢者であり、将来いずれかの時点では破綻するであろう年金制度は50歳代以下の人口にしてみれば、今すぐにでも無くなってくれた方がどれだけ有難いか知れない現実が有るが、この高齢者もマクロでこうした思いになったとしても、個々の個人にしてみれば「親」であり、彼らの生活が安定している事はやはり望むべきことだと言う矛盾を抱えている。

同じように高齢者にしてみれば、社会的に高齢者福祉を削ろうとするような事を考える若者は随分身勝手なもののように思えるが、その実、自身の息子や娘、孫達がこうした若者世代なのであり、国家として考えるなら高齢者はできるだけ早く死んでくれた方が良いが、個々のレベルでは早く親が死んで欲しいと思う者は存在しようもなく、こうしたなかでミクロとマクロを一緒に考えた中道を行くなら、そこには大きな矛盾をひた隠した「善良」さによって更に大きな矛盾を生じせしめることになる。

基本的に同じ「変革」と言っても高齢者が望む変革と若者が望む変革は違っていて、高齢者の望む変革は自身が最も調子の良かった時期を基本にした変革であり、そうした経験のない若者が望む変革とは、実は高齢者が望む変革の破壊かも知れず、しかも日本のように圧倒的な人口比率を持つ高齢者の意見の影に、若者の声はかき消されるか封殺されて行き、このような閉塞感の延長線上に天災と言うものが在る。

人間がどうしても判断できないことは「天災」が為すことになる。
老いた者、弱いものが滅び、強いもの、若い者だけが生き残れる生物の本質の前に、これらをミクロとマクロの矛盾の中でさまよう人間に対し、例え大きな悲しみを伴おうとも、どうにも出来ない事に決着を付ける意味を持っている。

「天災」に遭遇した者へのことを思えば、我々はただひれ伏すのみであり、その悲しみ、苦しみは到底他人では理解できず、他もまた分かったような事を思ってはならない。

だがこれだけは忘れてはならない。
ミクロ、つまりは個人の思いが何かを得ようとして媚を売ったり、マクロ、いわゆる全体の思いがミクロ(個人)を救うなどと言う事は思ってはならない。

東北を襲った巨大地震、その後の紀伊半島の豪雨災害、これらを鑑みるにどこかでは人心の乱れと災害が、何らかの因果関係を持っているようにも見えるし、思える。

世はまさに原子力発電問題をまるで「人災」のように考え、そして個人や企業、政府を責め立てるが、こうした一連の問題の基本的な原因は「天災」にあり、如何なる建築物も地球と言う物理的な空間での安全は一切保証されていないし、保障できる人間などだだの1人たりとも存在し得ない。

また、これまで人類の手によって為された事業も、その一切が意味の無いものでしかない。

ミクロがその視点でマクロを語り、マクロがその視点でミクロをなんとかしようと考えるのは傲慢な事であり、互いに自身の身分をわきまえた上で語らなければ、そこに発生するものは「混乱」と言うものになる。
天災で死んでいった者達の死は今を、そして未来を生きる者たちに取って大きな意味を持っている。

決してそれは犬死にではない。
天災で死んで行った者たちの事を思うなら、生き残った者はその死を犬死にするような有り様では申し訳が無い。

日本は地震や気象の災害の中で人々が生きぬいて来た。
そこでは姿なきもの、形なきものを理解していなくても認めてきたが、今日日本の有り様を鑑みるに、全てに措いて結果や責任を求める労力の背後に、何か大切な事がおざなりにされているよう思える。


「ニから解放された三」

小学生のおり、習字が苦手な私はよく漢字の筆順を間違え、教師から注意されたものだが、実はこの漢字の筆順に絶対的な決まりは無く、基本的にはどう言った筆順で有ろうと、それが認識されれば本来の目的を達し、逆に幾ら素晴らしい筆致であろうと、それが対象者に認識されなければ文字としての役割を失う。

ゆえに同じ漢字でも筆順が二通り、三通り有るものも存在し、それが認識されることを至上とするなら、例えば毛筆は墨で描いた風景や人物画の延長線上に有ると言えるかも知れない。

そして筆順は確かに絶対的なものではないが、そこには長い歴史を通して多くの人々によって、最も合理的で効率的な手法が洗練されていることを踏まえ、一度はそれに従って見る事が大切であり、その歴史や慣習を壊すことによってその価値を知るにしても、まずは長い慣習によって洗練されたものを経験して見ることの意義は、他の如何なる事に措いても同様、大きな意義を持つ。

さて今夜は「関係の良い二」に付いてだが、「従」と言う漢字の原字は「人」が2つ並んだ状態を指していて、これは一人の人間にもう一人の人間が付き従う事を示しているが、同じようなところでは「比」と言う字も、人が2人並んで同じ方向をむいている事から、例えば「比」使った漢字で「比較」「比例」などが有るが、これは未来形に措いて別の帰結が求められるとしても、ままずは「並んだ」状態を意味している。

同じような意味では「林」も「木」が二つ並んだ状態を指していて、これはほぼ同じものが2つ並んでいる事を現しているが、「林立」は同等のものが並んでいる様を現し、これは「夫」が2つ集まったものも、やはり「並ぶ」事を意味していて、例えば「交替」などの「替」は、一人の後に即時入れかわる為のもう一人が待機している状態を現している。

また「連」と言う字の祖始は「連」の上に「夫」が二つ並んだ字であり、これは行列を為して並んで通る貴族の乗り物を指していたが、「連」の字は「並んで」に継続する事が加わった漢字であり、これもまずは同じものが並んでいる事を指している。

従って「関係の良い二」とはつまり、ほぼ同等のものが「並んでいる」様相を表していて、数学上の「対比」のような概念が存在し、これが更にその形態を失ってランダムになっていく様が、漢字の「三」につながっていく。

漢字の数値的発展段階を見るなら、「一」はこれが全てではないが「個」、「ニ」は「対比」、そして「三」は「集合」と言うことができようか。

例えば「三」と同義、「三」を原字とする「森」は「木」が3つ集まってたくさんの木が生い茂っている状態を現しているが、この状態は「林」などに見受けられる「ほぼ同等のもの」や、「並んで」と言う形態や状態から開放されている状態であり、この事から「三」(さん)と「森」(しん)と言う発音上も近い漢字は「多くの」と言う意味を持ち、「森羅万象」などの「森」はまさしく単に数値だけでは無い空間的な広がりを持っているのである。

更に「三」が「さんづくり」に形を変えると「彩」や「影」などの漢字になるが、「彩」は多様な色や模様の集まりを示し、「影」は多様な景色、つまりは多様な「光」の状態の集まりを示し、「形」では多様な物の在り様を現していることから、「三」と言う漢字は様々なものの集まった状態を示してもいるわけである。

同じように人が3つ集まれば「衆」となり、これは人が沢山集まっていることを示しているが、「衆」の字に太陽を意味する「日」を添えれば、太陽の下で集団労働をする群集を意味し、更にこれは意外かも知れないが「旅」と言う漢字の由来は、元々ヒラヒラなびく旗印(ふきながし)に集まった三人の人を現していて、この意味するところは「軍隊」である。

将軍の旗の下にはせ参じ、旅団を形成した人々の事を指していた。
軍隊はその本来は「軍旅」と言い、「旅」とはそもそも多くの人の集まりを指す漢字なのである。

古代中国では遠方へ移動する場合、50人、100人ほどの人が集まり、そこで隊商を組んで移動したが、この時こうした隊へ集まった人々を「旅」(りょ)と言った。

それゆえ後世一人でも移動する時は「旅」の漢字が使われることになったが、その本来の意味は「多くの人が集まった様子」、つまりは形容詞に近い使われ方だったものが、現在のように一人で移動する場合でも同じ漢字が使われるために、動詞的な用語になって来たのである。

ちなみに「三」の重要な意味である「集まる」の「集」だが、この字は元々「鳥」と「木」で構成され、しかも「木」の上には3つの「鳥」が描かれ、これで木の上にいるたくさんの鳥たちの状態を表していたが、後世この3つの鳥が省略されてひとつになり、現在の「集」となっている。

人間がその知識が全く無い状態、生まれて始めて描くのは縦であろう横であろうとも、不完全な線だと言われている。
それゆえあらゆる人類の文明は、その数字の最初にはただ一本の線を基本とした文字を当てる事が多いが、これが2に移る頃から少しづつ違う形態になっていく。

即ち対比する対象が現れた事により、そこには「1」よりも不安定なものが現れ、それが3の「集合」になると更に不安定さを増すが、その一方で多様性が発生し、全体としてはより大きな確率の安定を手に入れることになる。

だが人間の社会が常に不安定なのはこうした「1」ではない数にそれが起因しているように思えるが、この事を考えるなら、やはり「1」と言う数字は他の数字とは違った性質、違った位置に立っているような気がしてならず、そもそも全ての数字には少なからずそこに個性が有るように思えるのだが、こんな話を続けていると「また始まった」と言われそうなのでこの辺にしておこうか・・・。


「七と、関係の良くない二」

数学で7の次の数は8だが、これを漢字で書くと「七」と「八」になり、実は漢字で書かれる「七」と「八」の数字はその数学的な要素も然ることながら、意味に措いても隣り合う関係に有る。

漢字の「七」は「切」と言う漢字の原字であり、その原初の形は川の流れをせき止めるせきの形を現し、ゆえに切断された状態の材木を現す「材」の右側の文字がそれに相当し、この意味するところは「十」を切り止めた状態、つまりは「せき止める」事を指していて、後年出現してくる「閉」と言う文字などは、「門」と「せき止める」を合わせてそれを表現したものである。

そしてこれが更に「裁」の字に及ぶと、「戈」(ほこ)が二つ並んだ状態が原型になり、これはつまり布地などを切る、木材を切るなどの意味がその原型となっているが、同じように切ると言う意味に措いては「制」と言う漢字も木材などを中間でズバッと切る様を現し、同じ制の流れである「製」は元来布地を切る事を指し、「制」は相手の言動を途中で切断する意味だった。

だが「七」が面白のは「十」の系列であることはもちろんだが、その数字上の性質である。
「七」はどこまで行っても割り切れない奇数であり、大変不揃いな比率で中断されている事から、これを「切」に当てはめた古代中国の感性は、数学を自然の摂理や人間に当てはめたような鋭さを持っている。

「七」は割り切れない状態、不揃いな状態で止まっている大変「不都合」な状態であり、これはどう言うことかと言うと、つまりは「切」と言う行為は大変困難な行為だと言うことをも指しているのであり、自然の状態や流れに逆らう事をする、或いは元々有ったものを強制的に違う形にする為、それはどうしても不自然さや無理を伴うことだとも言っているようなのである。

これに対して「八」はどうか・・・。
「八」の意味は左右をきれいに分けることが可能だと言う事を指していて、これに刃物で切り分ける意味の「刀」が加わると「分」になり、数学上の8が漢字の「八」の字に相当されているのは「八」が偶数であり、それが均等に2つに分けられるからである。

ここで先に出てきた「七」との違いを考えてみるなら、同じ切り分けるにしても、少なくとも「七」より「八」の方が自然の流れに少しばかり逆らっていない、わずかに肯定されるかもしれないニュアンスで分断される事を指していて、こうした漢字が隣合せになっているところの感性は流石と言うしかない。

「七」は積極的な意味合いが有り、「八」はそれに対して受動的な意味合いが有り、「七」は力を感じるがどこか自然の流れには逆らっていき、「八」にはまるで切り込み線が入っている部分を切るような自然さが有る。
この対比の美しさとそれが隣接していることの在り様は、ある種「自然が持つ理」とも言うべき深遠さを持っている。

また半分の「半」を見てみれば分かるように、「半」には上の部分に「八」が入っていて、この事から八はどちらかと言えば、半分に分けられる事が初めから想定されたものと言うこともできるが、「二」と言う漢字を縦にすれば「八」になる訳であり、これの鳥が羽を広げた状態を現したものが「非」と言う字になる。

だから戸が左右に分かれて開く形式の戸を「扉」(とびら)と言うが、この漢字はあくまでも戸が左右に開く形式の戸を指しているのであって、片方しか開かない戸は正確には「扉」とは呼べず、勿論左右に動いたとしても自動ドアは「扉」ではないのであり、「扉」(とびら)は「戸」と「非」で現される事からこれを「び」とも呼び、否定を示す場合にも使われる。

その意味するところは「いやいや、それは違います」と言う時に、手を左右に払って拒否を示すからであり、この事は何かを手で分ける仕草であることから、そこには「七」のような積極性を感じられなくても、明確に「切」の語彙が存在している。

そしてこうした何かを分ける仕草と言う点では、「弗」(ふつ)と言う漢字でも「扉」と同じ意味合いがあり、これはS字型にたれた紐を手で「八」の字型に両側へ開いている様を現している。

すなわち両手で左右に払いのける事を指しているのであり、中国では古来から否定を現すときに、手を左右に払ってそれを示す習慣があったと言うことで、これに「手」を加えると「拂」(ふつ)となり、それが「払」(ふつ・はらう)となっていくのであり、基本的には「払」は否定を指している。

更に人間が背中を向けあっている状態が「北」だが、これは「そむく」と言う意味合いを持ち、「そむく」の意味は背中を見せた状態であることから、戦に負け敵に背中を見せて逃げる事を「敗北」と言うのであり、この「北」に後世文字の肉付けをしたのが「背」だが、これは元々同義である。

「切」に始まり、その消極系の「分」に連なり、その「分」がまた少しづつ積極性をもったものが「北」になるが、これらはいずれも「関係の良くない二」と言うことになろうか・・・。

また「仏」は別に「佛」とも現すが、これで言うと「全てを払いのけた人」若しくは「全てを切り開いた人」、更には「否定する人」と言うことになるのだろうか、中々言い得て妙なものだ・・・・。

では今夜はこれまで、次回は「関係の良い二」に付いて話してみようかな・・・。


経営者の言葉・2

しかしおかしなもので、2008年には非難を浴びた永守社長を2011年にはNHKまでもが持ち上げ、永守社長は現代のカリスマとなっている。
時代がここまで困窮してくると、「儲かる事が全てだ、そのために社員の多少の犠牲は仕方ない」、そんな風潮が日本全土に波及している事がここからうかがい知ることができる。

そして恐らくそう遠くない未来に日本電産は落日をを迎えるだろう。

M&Aは確かに儲かる部分も多いが、それはリスクと隣合せであり、平均値で現在利益を出している企業にとってはリスクを増やす事にもなっていくからで、これから日本電産は本業以外の収益でスピンドルモーターなどの需要の落ち込みに対応しようとしているが、こうした手法は過去大手菓子メーカーの「江崎グリコ」などが行なっていた手法とそう大きな変化が無い。

だが江崎グリコなどとの決定的な差は、その本業の落ち込み具合にある。

中国や東南アジアの第三国の技術的追い込みは激しく、現在世界シェアの80%を握っていると言われる日本電産の小型精密モーター市場の占有率は年々下降線を辿り、その補填分をM&Aによる本業以外の収益でカバーしていくからだが、これは当然本業よりリスクが高い収益に依存することになる。

加えて永守社長の独裁的な経営手法であり、現在M&Aによって買収された企業は必ず永守社長が個人筆頭株主になり、代表に名を連らねていることから、もし永守社長に健康不安が発生した場合、日本電産は空中分解するリスクを負っているが、こうした事は一切報道されず、現在の救世主のようにマスコミでもてはやされる状況を見るに付け、私は中曽根康弘内閣時の「土光敏夫」臨時行政調査会長や、西部グループの「堤義明」会長、ダイエーの創始者「中内功」会長などの姿を思い出す。

いずれもその現役の最も光輝いた時期、若しくはそうした時期の少し前、これらの人たちにお会いする機会を得られたが、当時雲の上にいたこうした人たちの話は、おしなべてその現実とは乖離した耳障りの良い、そして力強いものだった。
しかし現実にはどこまでも個人のカリスマ性に頼った経営や手法であり、またどこかでは大変に傲慢なものだった。

そのことはこの20年の間に、こうした人たちに対する歴史的評価の低下がそれを証明しているが、思うに経営や企業が発展するときは、その時代が求めているものが現れてくると言うことで、それは多くの色んな考え方が有って、その中から一番時代に適したものが伸びていくと言う事かも知れない。

従って経営者に求められるものの本質は「情念」であり、それが社会的正義に合致するか否か、公序良俗に照らし合わせられるか否かは余り重要な問題ではなく、むしろこうした事を経営者が語るようになると、実はその企業にとっては光に対して影が大きくなっていると言うことなのではないだろうか。

それゆえこうした私の話を単に日本電産の裏側を書いていると思われては困るが、どんな企業も永遠に続かないと言うことであり、その在り様こそが中小企業も皆公平にいつか光を浴びるチャンスを持っていると言うことである。

ちなみに話はそれるが、ドジョウと言う生き物は大変「共食い」の多い生き物で、狭い範囲で飼っていると卵や稚魚を成魚がみんな食べてしまう魚である。
こうしたことを知らずにイメージだけで自身をドジョウと言い、これを何も調べていない者が取材すると、ただ上辺だけのイメージで軽率な報道が為され、それをまた詳しく知る機会の無い大衆が固定的に認識する。

その結果、実態からはかけ離れたイメージだけのドジョウの姿が大手を振ってまかり通る薄い社会が出来上がり、これが現代社会の情報の本質だ。

しかし野田佳彦新総理は幸運だった。
幸いにも海外の報道メディアもドジョウのことは詳しく調べなかったようで、その意味では情報の薄さは世界的な傾向だったようだ。
「共食い総理」と呼ばれなかったことは、日本国民として胸を撫で下ろしておかねばならないだろう・・・。



経営者の言葉・1

パソコンのハードディスクなどで使われているモーターの構造は、電池を電源とする模型などの動力モーターとはステーターの位置が逆になっていて、ステーターの外側にローターが有り、これが回転している。

その為回転が安定し、なおかつ周波数も安定することから、パソコンなどの磁気情報読み取りのためには重要な部品となっているが、1980年代、こうしたモーターの開発に着手し、その後精密モーターの世界市場占有率トップにまで成長したのが「日本電産株式会社」(Nidec)である。

同社がそれまでの小型モーター製造からステーターの位置が逆になったモーター、「スピンドルモーター」の製造を本格化させたのは1984年のことだが、こうしたモーターの需要が存在することをアメリカで知った社長の「永守重信」は、その初期はIBM(現在のレノボ社)や三菱、NECなどと言った企業からのモーター技術に関する相談を受ける中で、需要に応じたモーターの開発製造に着手して行った。

それゆえ日本電産の1984年以降の取引先はIBM、三菱、などと言ったこれからパソコン製造に本格参入する会社が多かったが、同社が滋賀県内にスピンドルモーター製造専門の工場を建設した時には、その体制は極めて不完全なもので、同じように滋賀県でIBMの冷却装置用フィラメントを製造していた「松下冷機」より遥かに不良品生産率が高く、そこに勤務している製造社員もほとんどが滋賀県、京都の20代前半の若者であり、しかも独身女性が多かった事から、社内風紀は表面上は新工場と同様フレンドリーだったが、その内部は大きく乱れたものとなっていた。

また社長の永守はNHKなどの取材に対し、「中小企業こそが日本の原動力で、大企業はこうした中小企業のために仕事を取ってこなければならない」ともっともらしい事を言っているが、その実創業当時から外注生産は少なく、不良品を破棄する部門まで自社内に設け、それを経費の安い派遣労働者たちにやらせていた。

しかもこうした1980年代、日本電産の経営や製造の主要部門には全て社長の親族が採用され、企業買収で名目上の管理職となった元別会社の役員などは、例えば課長が元トラック運転手をしていた、親族の課長補佐に頭が上がらないなどは日常茶飯事で、永守社長がこうした役員を呼ぶときは大体が苗字の呼び捨てであり、彼らはそれに対して揉み手をするように従っていた、いわゆる天皇社長経営だった。

更に当時まだ知名度のない日本電産を何とか宣伝するために、社員の端末に至るまで白地に緑の大きな「Nidec」シールを自家用車に貼る事を義務付け、これを剥がしていると密告されるシステムまで構築されていた。
為に社員は例えばデートに行くにも「Nidec」シールを貼り付けた状態で行かねばならず、そもそも滋賀県内の日本電産スピンドルモーター製造工場は慢性的な納期遅れ状態になっていた。

その原因の主要な部分は技術者不足だったのだが、例を挙げるなら先のIBM仕様のスピンドルモーターにしても、その周波数を同調させる方法が、周波数計を見て社員がドライバーで調整していると言う、極めて原始的な方法だったからである。
その為に不良品の山が築かれ、こうした状況に危機感を抱く永守社長は度々滋賀県工場を訪れ、役員や中間管理職をどやしつけていた。

たった4人の町工場から世界企業になった日本電産、その社長「永守重信」は確かに名物社長だが、彼が現在語っている自身の言葉と彼がこれまで歩んできた道、その現実には大きな開きが有り、彼はその初期からM&A(企業買収)とスピンドルモーター製造の両頭経営をワンマンに推し進めて来た。

私は実は25年前、向こうは記憶にもないだろうが実際の「永守重信」社長に会った事が有り、その時思った印象は「この人の元では働けないな・・・」だった。
時代がパソコン市場の拡大に伴ってスピンドルモーターの需要を押し上げ、そしてその波に乗った永守社長の勘は大したものであり、そうやって会社や人を引っ張って来たことも凄いことだが、この男は経営者では無く、ブルドーザー型企業家なのだろうと思う。

それゆえこうしてどの企業も軒並み業績が悪化する中業績を伸ばし、またあらゆる企業が海外に出ていき国内経済が空洞化する現在、業績も伸ばし国内の社員も減らさない日本電産の有り様はとても前衛的に見えるかも知れないが、その実態はM&Aで買収に次ぐ買収、そしてそこで働く社員たちの休日返上、夜も寝ないで頑張る人知れぬ努力が、犠牲がこうした社長の有り様を支えているのではないだろうか。

2008年にはかの有名な一言である「休みたければ休めば良いじゃないか」発言が有るが、つまり休日返上、休む間もなく働けば給料が上がり、会社も儲かる。
その反対で休みが多くコストが高くなって、ものが売れなくなれば会社もつぶれ結局雇用はなくなる。

「一生懸命働け」と言う訳だが、これに対して当時の厚生労働省までもが、労働基準法に違反していないか調査するというところまで問題化し、結局日本電産側がそれは誤解だと言うことにして鉾を収めた形を取っている。
日本電産にはその当初から清掃までも社員がやって行く形が取られ、従ってビルメンテナンスまでアウトソーシング(外部委託)を削減していたことから、現在永守社長がそれらしく中小企業育成を唱えながら、その実態は全くそんな方向性にはなっていない。

                                                       経営者の言葉・2に続く



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