「いつか冷たい雨が」・34話

「ねえ、木村さんって人を好きになった事は有るの」

震災で車が大破してしまった事から、長野に有った40万円のプジョー206を買った木村、静岡から東京へ帰る車中、無理やり自分も行くと言って付いてきた智美は運転する木村に何気なく尋ねたが、木村は暫く黙ったままだった。

「好きになると言う事が分からない・・・」
「あの人良いなとか、誰それが可愛いとか思った事はないの」
「思わない訳ではないが、それは瞬間のことだ、次の瞬間には同じ事は考えない」
「友だちとか、いないの」
「いない、友達と言う感覚も分からない」

「何かやりたいことや、好きな事ってないの」
「何もないかも知れない」
「じゃ、一体何で生きてるの」
「それも分からない」

「ねえ、もし私が木村さんと結婚したい、って言ったらどうする」
「そうするかも知れない・・・・」
「それって愛してなくても?」
「結婚は一つの形式だから、愛とは無関係のものだ」
「愛して無くても一緒に暮らせるの」
「例え家族でもいつも良い関係にあるとは限らないが一緒に暮らしている、おなじことではないか・・・」

「木村さんがもし結婚するとしたら、相手の人に何を求める?」
「何も求めない」
「じゃ、木村さんの結婚したいと思う条件は何なの」
「先着順かも知れない」
「女の人なら誰でも良いの」
「そうではないが、人を選びたくない」
「それで幸せなの」
「幸せなど信じていない」
「・・・・・・」

「ねえ、私と結婚して・・・」
智美は自分で言いながら恥ずかしくなり、思わず下を向いたが、しばらくの沈黙の後木村は智美を振り向き、こう答えた。

「良いだろう、君と結婚しよう」
大きな声でもなく、何も感動的なシチュエーションでもなかったが、智美はこの木村の返事にまるで薔薇の花が開いたように顔を上げると運転席を見つめ返した。

「本当?、私と結婚してくれるの」
「ああ、君は大曽根先生と良く似ている、一度言い出したら決して引かないだろうからな・・・」
「ただ、今はだめだ」
「私も小澤総理も、田神大臣も恐らく世界中、場合によっては日本の中でも邪魔に思われているかも知れない」
「君の身の安全が保証できない」

「それに、今の状態では君が私の弱さになってしまう」
「だから、日本が無事公債の償還を終えたら、その時は君と一緒に暮らそう」
「山形で農業でもして暮らそう」

智美は自分が意識していないのに涙が流れてくるのが分かった。
心が締め付けられる程に嬉しかった。
「ありがとう・・・」

東京は未だあちこち瓦礫がうず高く積み上げられ、道路も乗用車が走れる程にはなっていない。
その為木村は智美を那須の事務局まで乗せてくると、そこから川越まで戻って自衛隊の専用車両、と言ってもただのジープだが、それに乗り込み、やっと少しだけ確保された道路を伝って世田谷の借りている自宅の様子を見に行った。

もし使える衣類や機材などが有れば持ち出そうと思ったのだが、家は左側の屋根が落ちてしまっていて、まるで真横に寝ているような有様だった。
それで仕方なく窓から中に入った木村は、内部も瓦礫や埃で手が付けられない程になっていたので、諦めて帰ろうと入ってきた窓のところまで戻ったが、そこにチラッと女の影が映った。

「お前、まだいたのか、ここも1年後には無くなる、そろそろ別の家を探しておくんだな・・・」

木村は女の姿が見えた窓に向かってそう言うと、その入って来た時開けた窓から外に出たが、これと時を同じくしてイタリアではヴェスヴィオ火山の噴火が始まっていた。
ヴェスヴィオは紀元後79年8月24日に大噴火を起こし、あの有名なポンペイを一夜にして消失させてしまった火山だが、最近でも1944年にはサン・セバスチアーノ村がこの噴火によって埋没している、言わば常に中小規模の噴火が続いている火山で、2013年のこの時始まった噴火は破格の規模だった。

観光施設や周辺地域の街を次から次へと火砕流が襲い、その噴煙は上空14kmまで達した上、以後9ヶ月に渡って噴煙を上げ続けたのである。
そしてこの未曾有の災害に対処できなくなったベルスキーニ政権は崩壊し、イタリア経済は自国が発行した公債の償還期限を決済できなくなった。

つまりここにイタリア経済は崩壊したのであり、この事がスペイン、ポルトガル、ギリシャ経済を更に追い込み、もはやドイツ一国では如何ともしがたい状態になり、IMFの資金も限界が見え始めて来ていた。

更にこのヴェスヴィオ火山の噴火から9日後、今度はアイスランドのラキの亀裂が長さ90kmに渡って溶岩を吹き出し、ここも上空15kmまで噴煙が上がり始めた。
この1ヶ月後、亜硫酸ガスと火山灰で覆われたヨーロッパの空には赤黒い太陽が登っていた。

またこれはATSSも予測できていたなかったが、3月にはアメリカのイエローストーンが噴火を始め、こちらも一向に噴火の勢いが衰えず、場合によっては10万年前に発生した、メキシコ湾に火山灰が降り積もる程の噴火になる恐れが出てきていた。

この場合の噴煙の規模はヴェスヴィオやラキの噴火の規模を遥かに超えるもので、事はアメリカ一国が崩壊するだけにとどまらない、噴煙によって地球の気温が一挙に5度から7度低下し、人類の単位で滅亡する危険性が出てきたのである。
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「いつか冷たい雨が」・33話

日本の「円」は関東地震直後は一時的にドルに対して下がったものの、その後発生したギリシャのEU離脱、続いて底なし沼になってきたポルトガル、スペイン経済、もはや行政サービスも賄賂が無ければ動かない程悪化したイタリア経済の影響で、今やEUの通貨崩壊は時間の問題となっていた事から、この支援体制にいつまでアメリカが付いて行くかと言う事が重要なポイントになってきていた。

日本は震災直後、国内混乱を理由にIMFへの資金拠出を無期限に延期し、国内外に物資を蓄えた状態で震災に関する援助を受けている。
ヨーロッパ経済のおかげで金縛りになっているアメリカ経済、そのアメリカとヨーロッパ経済の影響を最も強く受けているのは中国だった。

「乞食のふりした守銭奴」とは上手いことを言ったものだった。
CIAからこれまで半年分の日本の動向資料を受け取った合衆国大統領ビラク・オバマは、これまでと全く違う日本の小澤政権の背後にいる「ナオト・キムラ」を何とかしなければならないと考え始めていた。

一方中国政府も日本を探っていたのだが、これは中国国内の独立運動に関する資金提供のルートを探っている内に、どうも日本が関与している疑いが出てきたからである。
表面的には中国に膝を屈した形をとっているものの、経済の悪化は中国国内の民族紛争を激化させ、これを弾圧するたびにアメリカとの関係は悪化し、民族独立運動の資金はインド、パキスタンからも入ってくる。

そのインド、パキスタン経由の資金の出どころが日本だったのである。

だが証拠がない、この点ではアメリカやヨーロッパに対する日本の有り様と全く同じで、どこまでが本当に困っているのか、どこからが攻撃されているのかが微妙なやり方に対し非常に大きな驚異を感じていた事から、アメリカと同じように日本を探っていて、日本政府の田神防衛大臣と「ナオト・キムラ」が背後に動いている事をつかんでいた。

またロシアは主に食料戦略でこれまでに無い日本の動きを感じていたが、年々深刻化する農業生産の低下と人口低下、後発発展国に人気のない状況から、イギリス系の企業に農地の侵食を受けていた上に、国際経済の不振から石油もあまり売れない状態となっていて、今まで貧乏だと思っていた日本の、その破れた服の下から金が見えているような状況に強い警戒心を持ち始めていたが、伝統的にロシアはソビエト時代から「他国の動向」をランダムに探って、それで自国の政策判断をする傾向にあり、この点ではアメリカや中国程の積極性はなかったものの、やはり日本の「ナオト・キムラ」の存在は認識していた。

日本は災害に見舞われながら、その災害を利用してあらゆる点で攻めていたのであり、国家予算の5倍はかかるだろう東京の再建を長期化して費用軽減を計り、物資や食料を蓄えた状態だった事から一時的に通貨が下落してもすぐにそれは元の状態に戻っていた。

そして災害の復興を長期化させて緩やかな発展形経済を目指していたのである。

木村は白河財務大臣や小澤総理と同行し、倉木や東京大学地震研究所の小谷教授等から意見を聞くと共に経団連会長、経済同友会会長、日本商工会議所会頭らとも意見調整を計り、医師会や非常事態宣言の長期化に反発する弁護士会とも意見交換し、今後の日本の方向性を作り、それを少なくとも内閣や経済会、有力団体の長たちと共有することを目指していた。

そうして置くことで誰か、いやこの場合はそろそろ自分の身が危ない事を感じて来た木村が、万一自分や小澤がいなくなってもこの日本が動いて行ける道を作っていたと言うべきかも知れない。

関東地震から1ヶ月後、2月も半ば頃、木村と智美は出身地で有る静岡の病院に避難している古川老人を訪ねた。
虎の門病院は傾いてしまったが建物自体はそう大きく壊れなかった為、古川は九死に一生を得たのだったが、今度はその避難先の静岡から更に別の場所に避難するように伝える為だった。

「恐ろしいことじゃ」
「先生、できるだけ早く避難してください」「倉木先生のお話ですと、関東地震が発生した直後から東海地震はいつ起こるか分からないとのことです」
「東大地震研究所が既に設置した観測機を24時間体制で監視しています」
「わかった、それは何とかしよう・・・」
「じゃが日本はこれからどうなるのかな・・・」
「わしらのような者が生き残っても良いのかな・・・」

「東京の再建はギリシャのポリス形式で時間をかけて元に戻します」
「ポリス形式・・・」
「そうです、現在多くの人が避難している地域に、それぞれ電気や通信も含めた50万人程度の街を作っていきます」
「そしてそれらがあちこちにできて、やがて一つになります」
「ほお、それでポリス形式か・・・」

「人口が減っていく日本でそれぞれが離れて暮らしているのは効率が悪い、そこで独立採算性が取れる程度の集合を作って、そこにインフラも整備する形にしたいと思います」
「なるほどな、今までは県も市の単位も所詮は中央の管理分割じゃったが、それを下から作っていくんじゃな」
「そうです」
「でも、東海地域は地震で壊れても必ず早期に回復させます」
「それはなぜかな」
「東海は工業地域だからです」
「ここは東京のような消費地域ではない」
「だからここは万一の事が有っても必ず復興しなければならず、しかもこの地域で一回地震が起これば、少なくとも80年から110年は大きな災害の不安がありません」
「そうじゃな、言われてみれば当たり前の事じゃが今まで誰もそんな事を言った者はおらなんだ」

「日本の円は東海地震が来ればまた下落するでしょう」
「しかし物資を抑えている以上、そこに従わざるを得ません」
「そして富士山が噴火を始める直前に公債を日銀が買い取り、円は紙くずになります」
「それは大変じゃが・・・」
「紙くずになった円を日本は一時的に放棄し、交換証書を発行します」
「それは別の通貨と言うことじゃな」
「そうです」

「じゃが、それだと世界が黙っておるまい」
「交換証書の期限は1年くらいで、また円に戻します」

「日本は1年10ヶ月分の物資を蓄え、これからその期間は資材調達費用なしに生産が行え、国民が生活できて外貨を稼ぐ事ができますが、日本の円の暴落でヨーロッパ経済は破綻、それに引きずられてアメリカ経済も中国経済も厳しい状況を迎え、特に今現在でも中国の民族独立運動には非公式ですが日本から資金提供をしています」

「中国は必死になって民族運動を弾圧しなければならなくなり、当然アメリカとの関係は悪化していきますから、アメリカはこれに対抗するためには日本を切る事が出来ない、これはロシアも似たようなものだと思っています」

「そうか、誰も日本に文句を言う事が出来ないんじゃな」
「そうです」
「木村さんは新しい人なのか、それとも古典的な人なのかな・・・」

「いつか冷たい雨が」・32話

人が幾ら偉大でも、雨に日を晴天にすることは出来ない。

それゆえ人間がが生きていく中で最も重要な事は気象や災害なのであり、いくばくかの大きな建築物や家を建てることによって、雨露をしのぐ事はできるかも知れない、或いは電気の発達によって夜も明るく過ごす事が出来るかも知れないが、だからと言って雨が降らなくなるのでも無ければ、夜がなくなる訳ではない。

1月12日、ワシントンポストは東京の惨状を「東京壊滅」の見出しと共に、瓦礫と化した湾岸地域の写真を掲載して伝えた。
また人民日報は「日本崩壊」と伝え、AP,ロイターなども「東京消滅」「首都壊滅」などの見出しで世界中に情報を配信し始めていた。

東京湾は瓦礫で覆い尽くされ、隅田川や荒川には住宅やビルの建材などの損壊廃材が浮かび、その中に時々死体とも生きているともつかぬ人影が見え隠れし、道路には瓦が落ちて割れたもの、若しくはビルの窓や擁壁が落ちて積み重なって散乱していたが、一番印象的だったのはフジテレビと東京都庁の建物だった。

確かに免震構造で建物自体は壊れていなかったが、元々東京の地下は二重、三重に道路網や水道、ガス、通信網が走っていて、つまり一応の地面は有っても地下はスポンジのような密度のない構造である。

液状化で基礎が傾く、または地面そのものが陥没し、都庁の建物は正面から見て右に4度、フジテレビの社屋に至っては前側に8度も傾き、どちらもエレベーターは使えない状態で、中は機材やデスク、それに書類などが散乱、少し上空から見てみると、あらゆる建築物は壊れて落ちているか、そうで無ければ微妙に傾いた状態で立っていて、あちこちで黒煙が上がり、その黒煙が空を被って太陽がどす黒く見えていた。

また地下鉄も全て止まり、あちこちで陥落が起きていたが、朝になっても暗い構路の中でおよそ1万人の乗客たちが出口を求めさまよい、東京23区、横浜、千葉県、埼玉でも最大で全土地面積の21%が液状化現象に襲われ、倒壊をまぬがれた家屋でも全て基礎が陥落し傾き、そこへ翌日になっても遠くからゴーッと言う音が近づいて来たかと思うと震度3、4の地震が襲ってくる状態が続いていた。

木村の指示で動き始めた日本政府はまず国家非常事態を宣言し、それから後国連へ災害援助支援を要請、各国からの援助は全て受け入れると発表し、まず現在も瓦礫の下にいる人、地下鉄構内にいる人の救助に当たると共に、遺体収容作業を始めて行ったが、日本の葬儀社が作る組合や自治体が常時保管している棺桶はおよそ1万体分、これでは棺桶が間に合わない事から、葬儀社連合組合の理事長と協議の上、ダンボールの棺桶製造を全国の製箱会社に依頼することにし、その遺体の収容先は遺体が見つかった所に近い場所で、何とか使える体育館や行政施設が利用された。

こうして措けば遺体搬送の時間を短縮し、尚且つ生き残った被災者が親族を探す時も比較的探し易くなる為だったが、木村は電気、ガスなどのインフラ復活は初めから諦めていた。

木村の頭の中には首都東京の再編成が描かれていたのであり、その為生き残った被災者に関して、まず他府県の震災をまぬがれた地域に親族、若しくは知人がいて、それらの人が被災者を受け入れる場合、被災者に10万円、受け入れ家庭に半年間10万円を支給する事を決定した。

その上で地方に存在する使用頻度の少ない行政施設、空家などを非常事態宣言を使って半ば強制的に借り受け、そこを集合住宅や居住家屋に改装しはじめていった。
国会や有識者会議のおおよそが首都東京再建を考える中、木村は一時的な首都放棄を考えていたのであり、東北の田舎出身の小澤総理が木村に賛同してくれたおかげで、元々過密だった東京の人口、それに経済を地方に分散する計画が進められようとしていた。

東京の経済は死んでしまった。
でもそれは時間をかけて作れば良い。
慌てて元の姿に戻せなくても、少しづつ進めていけば100年後にはまた美しい夜景が蘇るはずである。

木村は何とか残った国家機関や、各国の大使館、それに皇居などを残し、そこへまず道路や通信、電気を2本だけ確保し、それ以外は全て被災隣接地域の行政施設を摂収し業務を移転、ここで死亡した者も多かったが国家公務員事務職の大幅な削減を行なった。

そしてこの政策は地方経済に少し明るい道を開いて行ったが、まず棺桶の製造を行うダンボール会社が日本各地のあらゆる場所で出来始め、住宅改装会社や食品製造業などが忙しくなり、ここで東京から被災して地方に移ってきた被災者たちが働く方向へと移っていった。

更にこの年から始まった消費税の限定撤廃、これに地方経済の活性化が加わり、これまで東京に集中していた消費が地方に分散する形になって行くようだった。

また木村はボランティア活動を一切禁止していたし、これは被災者に対しても同じだった。
東京再建は急激には始めないとし、被災者に地方移住とそこでの職業斡旋を勧めていたのである。
またボランティアにわずかばかりでも賃金を払ったのは「責任」をもたせるためだったが、これ以外でも婦女子の暴行に対する罰則は一時的に最高刑が死刑にまで拡大されていて、これらは全て非常事態宣言下で行われたものである。

木村は東京に震災が起こって4日目にはこうした国家再建計画を小澤と内閣に提示し、東京証券取引所の機能は大坂に移したものの、首都は東京のままとしたが、これには理由が有った。

「東京はもう一度被災するおそれが有る」

倉木の言う事が本当なら、この半年以内に富士山が噴火し、東京は20cmの火山灰に被われる事になる。
そしてこの23年以内には東南海、南海や畿内が地震に襲われることは確実だとしたら、皇居は京都へ移したとしても、首都は関西には移せない。

東京の再建は富士山の噴火を待って行われるべきで、地方に分散した経済や人がその隣接周辺地域から少しづつ自然拡大して、最後にまた東京が構築される方式しかない。
経済が困窮する中で、次々災が害起こってくる中で無理やり再建したところで、みんなが食べて行けなければ意味は無い。

美しい道路や建物を作ったところで、そこに住む人間が闇の中にあったのでは意味が無い、それなら例えこの廃墟と化した都であっても、多くの人が仕事をして帰ってきたらビールでも飲めて、笑って家族と過ごせる国家の方が良い・・・・。

木村は震災後4日目、代々木の避難地区に医師や看護師、それに医薬品や食料を空輸させ、その帰りに倉木を乗せてくるよう手配すると、他にも消息が何とか判明している研究者を集める手配を始めていた。

「さて、これから壊れていくかも知れない日本をどうやって新しく作っていくかだ・・・」

「いつか冷たい雨が」・31話

「木村委員長はおいでですか」
「木村は私だが、委員長では無いぞ」

縄梯子をスルスルと伝って降りてきた自衛官に、本来大きな声では無い木村はローター音にかき消されまいと大きな声で答えた。

「総理がお待ちです、すぐ官邸におこしください」
「今はダメだ、被災者の救助に当たっている」
「それに災害対策マニュアルは策定済みのはずだ、それに従って行動するしかない」

「木村委員長、これは内閣災害対策特別本部長、小澤総理の命令です」
「命令・・・」
「そうです、御同行できない場合は拘束してでもお連れしろとの事です」

縄梯子から完全に地面に降り立った自衛官は、木村に敬礼し、災害救助用の網バスケットに乗るように案内した。

「だが、しかし、ここはどうする」
「木村さん、行ってください」

いきなりヘリコプターが来て、その下で大きな声でやり取りする声を聞きつけたのか、いつの間にか木村の後ろには倉木が立っていた。

「しかし、ここだってどんどん被災者が集まってきている」
「ここは私が何とかします、初めからそのつもりでした、ですから行ってください」
「倉木さん一人じゃ無理だ」
「大丈夫です、体が動く人は既に組織できて来ていますから、明朝から活動を始められます」

「倉木さん・・・・」
「木村さん、私はあなたより10年程は長く生きている、だからここは先輩面して一言言わせて貰う」
「早く行くんだ!」
「あんたがここでせいぜい助けられる人間は多くても何百人だ、そして助けていることで気はまぎれるかも知れないが、それは逃げだ」
「あんたが救わなければならないのはこの日本だ」
「あんたしかいないんだ、早く行くんだ!」

「それと、智美さん、あんたも木村さんと一緒に行くんだ」
「いつかきっと木村さんはあんたを必要とする時が来る、きっと来る、だから一緒に行ってくれ」

倉木はそう言うと木村に手を差し出した。
暫く下を向いていた木村、やがて顔を上げると倉木を睨みつけるようにして見つめ、差し出された手を握り返した。

「倉木さん、物資は後程優先的に届けるよう手配します、御無事で・・・」
木村はそう言うとバスケットの上に立ち、それに続いて智美もバスケットの中に入った。
「倉木さん、お怪我のないように・・・」

智美は興奮して少し涙ぐんでいたが、木村と同じように倉木と握手を交わし、バスケットは木村と智美を乗せてヘリコプターに引き上げられ、それが終わると今度は降りてきていた自衛官を引き上げ、一度上空を旋回したヘリコプターは急いで総理官邸のヘリポートに向かった。

「自分は小杉義博一尉です」
「そしてこれは内閣総理大臣からの伝言です」
「本日午後2時30分を以て、内閣は木村直人を日本国国家安全保障委員会の委員長とする事を決定した」
「以上であります」

「小杉一尉、どうして私が代々木にいることが分かったのですか」
「官邸の警備スタッフの中で木村委員長が代々木に行かれる事をお聞きしていた者がいたとの事です」
「なるほど、で総理はこの事態を把握しているのですか」
「それは官邸で総理ご自身から伺ってください」

やがて10分も経たない内に総理官邸のヘリポートに到着した木村と智美は、急いで総理の待つ会議室へと向かったが、あちこち壁は剥離しているものの、ここ数年の間に立て替えられた総理官邸は、どうやらあの地震でも何とか無事だったようだった。

だが問題はやはり人間だった。
小澤総理は現状でも被害想定が甘く、閣僚も東京の被害状況をまだ掴んでいない状態だったことから、政府が打つべき手が全く打たれていなかった。

「木村君、こうした災害を想定していたのは君だ、どうすれば良い」
小澤は木村の顔を見るなり、怒ったように訪ねた。

「少なくとも私が見た限りでは東京は壊滅的な打撃を受けているように思います」
「まずこ国家非常事態宣言を発令し、それから災害対策法に従って各行政区の長を通じて自衛隊に災害救助出動を要請してください」
「あちこちで火が上がっているようだが、それはどうする」
「消火は間に合いません、また燃えてしまえば最終的な瓦礫の量は少なくて済みますので、ここは放置して燃えるだけ燃やしてください」

「だが、それだと住民が逃げ遅れて火災に巻き込まれるのではないか」
「ここは自衛隊と住民の自発的な活動にまかせましょう」
「国家が統制してこの災害を処理するには時間がかかり過ぎますし、行政が持っている災害対策マニュアルはおそらく役には立たない、場合によってそれで死者が増える恐れが有ります」

「それじゃ政府は一体何をすれば良いんだ」
「これまで蓄えた1年10ヶ月分の食料を放出し、それを近県の場合は陸路で、呉や名古屋、堺に貯蔵している分は舟で東京湾に近づけるところまで近づけて、そこから空輸します」

「その為にまず火が見えないところでヘリコプターが着陸できる場所を確保し、そこを拠点に医療チームを派遣し、食料や燃料の集中補給をします」
「その地点は50箇所、23区の1区に2箇所設定し、その輪を広げていきます」

「それとラジオ放送を周辺の長野、埼玉、千葉、神奈川県などを通して放送できるよう各法放送局に連絡してください」
「携帯は使えませんし、テレビもおそらく使えないでしょう」
「だが、本当に火は消さなくて良いのか」
「総理、今夜から明日の早朝の気温は何度だと思われますか、多分氷点下です」
「どんな形であれ、火があればその寒さをしのぐことができます」
「焼死者が出てもか」
「火とはそう言うものです」

「「こちらへ来るときに上空から見ましたが、火災は点在した状態でした」
「今現在下がっていく気温に対策が取れない場合、火事で消失する命と凍死する命の数では凍死者の方が多くなります」
「総理、首都が地震に襲われ、壊滅的な被害が予想されるのです、まず国家非常事態宣言を発令してください」

「首都がどんな形であれ打撃を受けた場合、国家としてまず為すべきことは非常事態の宣言です・・・・」

「いつか冷たい雨が」30話

地震波、その本振動波は空気振動を伴うことから、最初に聞こえるのはゴーと言う風か竜巻のような音だが、振動そのものの音は無い。

この事から地震そのものは実は無音なのだが、人間の脳はその衝撃に比例した情報を瞬間的に伝えるため、状況を拡大した、或いは制御出来ていない大きな情報として伝達する。
それゆえ「地震の時、もの凄い音がした」となるのだが、これは視覚情報がもたらす脳が作る合成音である可能性が高い。

しかし、その一方でこうして振動そのものは無音だが、これを電話などを通して聞いていると、「ガラガラ」と物が崩れ落ちるような実音として聞くことができる。
エネルギーの正体が電気で有るのかも知れない一例である。

先出の梅島第一小学校・・・
「緊急地震速報、緊急地震速報・・・」
気象庁の緊急地震速報が始まって直後、下から何かがぶつかったような衝撃を受け、何が起こっているのか分からない内に横揺れが始まり、その横揺れは次第に大きくなって行った。

「地震だ!」
「机の下に隠れろ」

教師の怒号のような叫び、子供たちの悲鳴が飛び交い、まるで壁が倒れるのでは無いかと思うほど壁や天井が歪曲し、やがて生徒の隠れている机が2mも右に行ったり左に戻ったりしている中、最後部の柱が下から3分に1程のところでバリバリバリと裂けるように折れ、それに伴ってその対面の柱もまるでチョコレートが折れるように簡単に折れていった。

「キャー」「わあー・・・」

もはや為す術もなく頭を抱えて机の足にしがみつく生徒たち、次の瞬間強烈なエネルギーに耐え切れなくなった校舎は、悲鳴を上げるようにきしみ、一瞬にして全てのガラス窓が粉のように吹き飛んだ。
1階に有る職員室は既に2階部分が落ちてきてペシャンコになり、その2階部分は右側の強度をすべて失い、3階と共に大きく傾斜して1階部分に乗っていた。

この学校では地震直後に1階にいた教職員27名が全て死亡、生徒241名の内188名が死亡し、行方不明28人、残りの生徒も4名を残して全て重傷を負った。

またここは東京湾岸近く、永田頼子さん(68歳)の家では娘が離婚し、その高校生になる長男を引き取って2人で暮らしていたが、地震発生と同時に古い木造家屋は一舜にして倒壊、2階にいた引きこもりの長男は何とか脱出出来たが、頼子さんは1階に被さるようになって落ちてきた2階部分と屋根の下敷きになり、胴体を挟まれてしまった。

「ばあちゃん、今何とか引き出してやるからな」

高校生の孫は必死に屋根を持ち上げようとするが、そんな事で持ち上がるようなものでは無い。
そこへ遠くから津波警報の音が聞こえ始める。

「ばあちゃん、ばあちゃん」
「翔太、もう良い、逃げな」
「でも、ばあちゃん」
「良いから早く逃げるんだよ」
「でも、ばあちゃんを放っては行けないよ」
「ばあちゃんはもうだめだ、お前だけでも生き残るんだよ」
「ばあちゃん」
「馬鹿やろー、それでもばあちゃんの孫かい、早く行きな!」

そう言って孫の手を振りほどいた頼子さん、翔太は何度も振り返って涙を拭いながら歩いて行ったが、震度4から5の余震が続く中、僅か5分後には地面を3mも洗うような津波が押し寄せ、頼子さんは溺死、孫の翔太君も逃げ遅れて溺死した。

更にここは横浜の東北方面、定年退職後やっと買えた1戸建家屋で朝からビールを飲んでいた大橋幹雄さん(66歳)の家では、幹雄さんと妻の美代子さんは何とか家から脱出したが、美代子さんは右腕を骨折、幹雄さんは屋根が道路側に落ちてしまった家の前でオロオロするばかりだった。

歌舞伎町では地震が始まった直後、古い雑居ビルのガラス窓は全て割れて地面に落下、通行人は頭にガラスが刺さったまま、何が何か分から無い間に折りから発生した火事に巻き込まれ焼死し、その男女の区別もつかない焼死体があちこちに転がり、丸の内、新橋界隈もビルの殆どが破損し傾き、ここでは強化ガラスが割れずに枠から外れ、それが地面に落下した為、通行人の多くは数十キロも有るガラスによって強打され死亡していた。

この地震のマグニチュードは8・1、震度7の地域は東京都の下半分と横浜の一部にまで達し、千葉県勝浦町でも震度6を記録し、震源が東京湾の陸に近い部分だった事から湾岸地域が高さ6mの津波に襲われ、地震直後に液状化し倒壊した建物を地面から根こそぎさらっていったが、随所で火の手が上がり、空は黒煙に覆われ、人々の怒号と呻き声がこだまする中、東京スカイツリーだけが天に向かってそびえ立っていた。

ビルを含めた倒壊家屋340万棟、死者533000人、行方不明者120万人、重傷者16万人を出したこの地震は午前10時10分には収束を迎えていたが、東京の電気、ガス、水道などのインフラはその3分の2が機能を停止し、この後日本は冬型の気圧配置となって行った事から、1月11日当日から被災者の凍死が始まって行き、首都高速の倒壊を始め、主要道の殆どには亀裂が入り、そこにビルや遺体が散乱する、まさに首都壊滅、この世の地獄絵図が一瞬にして現れたのである。

代々木にいた倉木の行動は早かった。
地震発生直後にトラックに積んであったポールを立て、そこには赤い十字マークが印刷された旗が建てられ、実家で有る出雲に避難している妻と子供と連携しているアマチュア無線から外の情報を入れ始めた。

また木村や智美と一緒に付近から燃えやすい瓦礫を拾い、それで代々木公園の真ん中に火を焚き始めたのである。
倉木の指示で今は動いてはいけないと言われた木村と智美、やがて夕方5時を過ぎる頃になると、真っ暗になった街中から火をの光を求めて少しずつ人が集まってきた。

倉木はそれらの人たちにパンや水を与え、火にあたらせると、彼らは呆然とした表情から少しづつ瞳に光が入った状態になっていった。

「食料の確保、木切れなどの燃料の確保、それと簡単な医薬品の確保、後の人は付近に生存者がいないか2人1組みで捜索、と言う具合に動ける者を振り分けた倉木は、避難者が少しづつ落ち着き始めると、今度は負傷者の手当を始めて行った。

そしてその手伝いをしていた木村と智美だったが、そこへ真っ暗な空に点滅する光が見えたかと思うと、上空にヘリコプターが空中停止し、そこから縄はしごが降りて来た・・・・。

「いつか冷たい雨が」29話

「木村さん・・・」
「智美さん・・・」
「那須の事務局へ行っていなかったのか」
「ええ、今朝倉木先生をテレビで拝見して、それでこちらに来たんです」

「すぐに事務局に行くんだ」
「木村さん達はどうするんですか」
「私と倉木さんは万一に備えてやらなければならない事がある」
「なら私も同行します」
「それはだめだ」

「木村さん、私は先に行っていますよ」

2人の押し問答を隣で見ていた倉木は少し笑って先に官邸の出口へ向かい、この後「自分は大曽根の代理として一緒に行く義務が有る」とまで言う智美に押し切られた形で木村は智美の同行を許すが、彼女の短いスカート姿を見て、倉木に先に代々木公園に行ってくれと頼み、自分は官邸の備品室に戻ると、そこから災害用の緊急作業着と帽子を3人分持って出てきた。

更に別の保管所から医薬品や包帯、それに缶詰などを持ち出し車に積み込んだ木村は、少し遅れて智美と一緒に代々木公園へと向かう。
良い天気だったが、1月にしては陽の光が何故か短く差し込むような、どこかでコントラストがはっきりした景色の日だった。

「倉木さん、倉木さんの研究所は名前は何て言うんですか」
「個人ですから名前はありません」
「お住まいはどちらでしたか」
「八王子です」
「じゃ、これでいいですかね・・・」

代々木に着いた木村と智美、木村は車を降りるとすぐに倉木の住んでいるところを聞くと、さっき持ち出した作業着と帽子にマジックで何やら字を書き始めていた。

「八王子地震予測研究所」
「これでどうでしょうか」
「ああ、これは良い、それらしくなりました」

布の上から書いているので下手な字になってしまったが、倉木は喜んで帽子を被ってみ見せ、3人は代わる代わるトラックの中の隙間でこの濃いグレーの作業着に着替えた。

「本当に地震がくるのかしら・・・」
「それは分からない」
「倉木さんはどうなんですか」
「私にも分かりません」
「じゃ何故・・・」
「信じていると言うことかも知れません」

「地震をですか」
「うーん・・・・、地震と言うより自分の勘と言うべきでしょうか」

3人はトラックの中で暫く休む事にしたが、倉木の隣で木村は後ろに組んだ手を枕に、目を閉じて何かを考えているようだった。

「ほおー、直人は頭が良いんだね・・・」
「園長先生は学校で鼻が高かったぞ」

妹が死んでから宇都宮の繁華街をさまよっていた直人、その直人に声をかけたのは補導員の吉岡昭一だった。
吉岡は孤児院の園長もしていて、既に70歳を超えていたが、直人を補導した後、身元を調べていて彼の過酷な人生を知り、自分の施設に引き取った。
直人は他の子供とは誰とも喋らなかったが、学校の成績は抜群で、特に算数などは教師も舌をまくほどだった。

吉岡園長はそんな直人を褒め、こう言ったものだった。

「直人は本当に頭が良いな、どうしたらそんなに算数が得意になるのか園長先生にも教えてくれないかな・・・」
「数字が勝手に頭に浮かぶんだ、それが答えなんだ・・・」
「ほおー、すごいな、直人はもしかしたら天才かもしれないな・・・」
「直人、今まで大変だったな」
「でもそれで人から逃げてはだめだぞ」

「何も恥ずかしい事はないんだ、胸を張って堂々と生きるんだぞ」
「苦しいことや辛い事が有ると言う事は、その人間がそれに耐えていける人間だと言うことなんだ」
「そしてそれだけ大きな事、人のためになる事ができると言うことなんだ」
「直人、まず生きていく事を一生懸命やって、そしてチャンスがあったらそれを頑張るんだ」
「直人はいつかきっと沢山の人の為になる事のできる子だ、園長先生はそう信じているぞ・・・」

「信じている・・・か・・・・」
「吉岡先生、俺は一体どうすれば良いんでしょうか・・・」

「木村さん、木村さん、起きてください」
ほんの瞬間だが眠ってしまったらしい、倉木の呼ぶ声で目を開けた木村は倉木の方に顔を向けたが、その倉木は空を見上げながらこうつぶやく・・・。

「3日もたなかった・・・・」
「倉木さん、それはどう言う意味ですか」
「あすの早朝、若しくは明日中に関東地震が来ます」
「どうしてですか」
「見てください、太陽が紫色に見えます」

そう言って倉木が指さす先に見える太陽は確かに紫色がかっていて、やたらとギラギラしたものに見えたが、やがてカラスがあちこちで集まって鳴き始めた頃には、この季節には珍しく、外の気温が16度にまで上昇し始めてきていた。

菓子パンをかじりながらずっと待ち続ける3人、やがて夜になると晴天なのにあちこちで雨で広がる波紋のように、一点から丸く広がって行く雷の光のような青い光が何ども繰り返し出てくる夜空を見ながら、これはただならぬ事が起こる予感、胸騒ぎに息を呑んだ。

1月11日、この日梅島第一小学校では朝から飼育している金魚が水槽から暴れて飛び出し、教師や生徒たちがそれを何度も水槽に戻していた。
また東京23区全てのあちこちで犬が訳もなく遠吠えを始め、風が全く止まった状態となった。

そして午前10時4分、東京湾でまるで巨大な樹木が生えたように下から何十本ものの雷が空に向かって走り、木村たちがいる代々木公園の空には長い列車のような光の帯が南東方向へと走って行った。

「来るぞ・・・」
倉木が緊張した面持ちでつぶやく。
その直後、「カシーン」と言う木で床を叩いたような音が聞こえたかと思うと、遠くからジェット機が近づいて来るような音が聞こえ、それは一瞬にして重いドーンと言う音に代わり、まるで地面に泡が立ったかのように下から衝撃が突き上げてきた・・・。

「いつか冷たい雨が」・28話

「そんないい加減なことで政府が動けると思うのか」
「それに3日以内に東京に大地震が来ると言ったらどうなると思う」
「木村君、君があの倉木だったか、民間の研究家をどう思うかは構わんが、それで国が動く事は出来ないんじゃないか」

予想通りの展開だった。
官邸に戻り、小澤に話をしたところ、やはり信じてはもらえなかったが、無理も無い。
小澤は政権を取ってから以降、どちらかと言えば富士山が噴火すると言うデータなど本当は信じていないような、いやそれを忘れてしまっているようなあり様だった。

ひたすら物資を買い漁り、いずれ公債を全て日銀に買い取らせ、そしてやがて世界の頂点に立つ、この事のみに目標が定められているかのようだった。

もしかしたら地震など来ないかも知れない。

その可能性も有る、しかし来たらどうする。木村は渋る小澤を説得し、万一を考えて医薬品などの物資と食料や燃料などを首都近郊に少し集め、天皇と皇太子夫妻とその子息のみ、既に修理が終わっている京都の内裏へ、「行幸」と言う形で一時避難させることを小澤に了承させ、白河財務大臣には地震で円が急落しても暫く放置して置くように伝えた。

見殺しかも知れない。
だがこれで良いのかも知れない・・・。
木村はそんな事を思っていた。
この国は少し優しすぎる。
本来災害と言うものは一般庶民だろうが政治家だろうが同じスタンスしか持たないものだ。

だが政治家や政治はいつしかそんなことまでも自身らの権威にしてしまい、民衆もまたそれに依存し、自分達が生きることすらも誰かが保障してくれるような事を思っているが、それは違う。
生きる事は自身が選択せねばならぬ事であり、これを保障できる者は神が存在するなら神だけだ。

自身が日頃から注意を怠らず、感覚の優れた者がいたとしたなら、その言葉を信じる事のできる直観力を養い、自然に対して臆病である事、それが災害から身を守る唯一の方法だ。

政府と言う組織は大掛かりな調整能力に過ぎない。
だから例え未来を描いていたとしても、それは過ぎ去った問題を未来に措いてどうするかと言うことに過ぎず、現実の世界は常に動き続け、常に手遅れでしかない。

今、もし日本がこの先も国家として存在できるとしたら、それは弱い者、老いた者が死に、人口を減らす事だ。
できれば年金を支払わずに済ませたいと思うなら、高齢者が死んで行くほど国家は楽になる。
だがこれが個々になってくればどうなる、自分の親が死んで喜ぶなどと言う人間は少ないはずだ、誰でも親で有ればいつまでも生きていて欲しいと思う。

そして人間はこの社会の実情と自分の思いの狭間でこれを判断することはできず、判断してはならない。
唯一これに線引きできるものが人為的であれ自然であれ、災害や混乱、非常事態と言うもの、それが持つ現実の厳しさこそが人に代わってこれを決めるのでは無いか。

本当はこの小澤内閣などみんな死んでしまって、そこから新しい仕組みが生まれてくる方が、どれだけ日本と言う国家のためになるか知れない・・・。

「俺は逃げているか、自分を正当化する為にこうしたことを考えているのか・・・」
「いや、違う。俺は本当はみんな死んでしまえと思っている、人を、全ての人を憎んでいる・・・・」

「話にならん」
「何だと、この口先だけで飯を食ってるダニが、偉そうな事を言うんじゃない」
「倉木さん、冷静になってください、ではここでコマーシャルを挟みます・・・」

翌日のモーニングショーに出演した倉木、しかしそこには木村が予想したとおりの展開が待っていた。
倉木の話は評論家達によって嘲笑され、それに倉木が暴言を吐き、番組の進行が困難になったディレクターは、一旦コマーシャルを挟んで次のコーナーへカメラを切り替えた。

「そうか・・・」
「木村さん、わしはもうええ・・・」
「それよりもし大きな地震が来るなら、一人でも多く若い者を助けてやってくれんか」
「わしらはやれる事をやって生きてくることが出来た」
「わしらが作ったこの日本と共に死んでいくのが一番ええ、初めからそう思っとんじゃ・・・」

「先生、しかし・・・」
「木村さん、日本を、日本人を頼むぞ・・・」
病院へ古川を訪ね、取りあえず避難するよう話した木村だったが、古川はこれを断った。

また行幸を勧めた天皇、だが天皇は皇太子夫妻のみを京都に出し、自身は東京に、何が有っても民と運命を共にすると言い、こちらも避難は固辞された。
東京はせっかく倉木がチャンスをくれたにも拘らず昨日までと何も変わらず動いていた。

いつか来る事なら、それが今日来ない保証などどこにもないが、人はこれを今この瞬間に来るとは考えない。
自身の都合、事情に合わせて物事を考え、そしてやがて訪れる現実を思い知らされ反省するが、またしばらくすれば忘れてしまう。
だがそうした愚かな者たちの為に自身の全て投げ出して闘おうとする者もいる。
「この世界は一体何なんだ・・・」

「木村さん、有難うございました」
「倉木さん、放送はみましたよ、本当にあれで良かったのですか」
「ええ、気が済みました」

官邸に帰った木村の姿を見つけると、待ちかねたように倉木が近づいてきた。

「これからどうするんですか」
「トラックを借りてあって、食料やら医薬品、それに灯油なども少し積んであります」
「代々木で万一に備えて待機するつもりです」
「倉木さん・・・」
「木村さんもお気を付けて・・・」
「倉木さん、良かったら私もそのトラックに乗せてもらえないでしょうか」

木村は少し悲しそうな目をしながら、でも僅かに微笑んで倉木の方に顔を向けた。

「木村さん、大丈夫なんですか」
「どうせ家族もいなければ死んで悲しむ者などいないし、それに私もできる事は全てやりました」
「・・・・・・」
「そうですか、それは心強い、ではお願いしましょう・・・」

倉木は少し考えているようだったが、そう言って微笑んだ。
そして官邸から出ようと2人がエントランスを歩いている時だった。
向こうからどこかで見た事の有る女が、走ってこちらにやってくるのが見えたが、それは逆光でシルエットしか見えなかった・・・・。

「いつか冷たい雨が」27話

「倉木さん、どうしました」
「官邸の委員会へ電話したらこちらだと伺って・・・」
「まあどうぞ、かけませんか」

木村はそう言って倉木にソファをすすめた。

「今ここはセキュリティーしかいないので、何も有りませんが、缶コーヒーでも良いですか」
「いえ、特にお構いなく・・・」
「それより木村さん、東京にオーロラが出現しました」
「オーロラ?」
「そうです、赤いオーロラが観測されました」

「それはどう言うことですか」
「まあ、原理的にはオーロラが観測できる緯度の限界が東京くらいにありますから、東京でオーロラが見れない訳ではありません」
「しかしこれは100年に一度くらいの事です」
「それは今回の富士山の噴火と関係があるのですか」
「わかりません、ただもしかしたら噴火の前に来る関東地震が予想以上に大きくなるかも知れません」

「倉木さん、今は言葉に慎重になっている場合ではありません、お考えになっている事を話してもらえませんか」
「3日以内に関東に大きな地震が発生する可能性が高いと言うことです」
「3日ですか・・・・」

「そうです、それも今始まるかも知れない・・・」
「それは確かなことですか」
「100%と言う事はできません」
「地震の破壊エネルギーは波ですので、何回かタイミングを持つ時も有りますが、そのタイミングは大体3回、そのどれが実際の地震となるかはランダムです」

「それに少し前から東京湾の潮位が逆転していると言う報告も有りましたし、湾岸地域ではここ数日、天気が良いのに雷のような音が定期的に聞こえて来ると言う話もはいっています。

「木村さん、東京が危ない・・・」
「規模はどのくらいと考えていますか」
「最大震度7だと思います」
「震源はどこかわかりますか」
「そこまでは・・・・」

倉木はここで視線を床に落とした。

「分かりました、倉木さん有難う、後はこちらで何とか対策を考えます」
木村はそう答えるしかなかった。
だが先程まで視線が下を向いていた倉木は顔を上げると、思いつめたように言葉を重ねる。

「木村さん、お願いが有ります」
「何ですか」
「私に大馬鹿者をやらせて貰えないでしょうか」
「大馬鹿者?」
「そうです、私は長いこと民間の研究者をやっていて、こんな事でも地震が来る事を理解できますが、一般の人はそうは行かないし、ましてや政府や気象庁がこんな事を根拠に地震が来るなんて発表できる訳が無い」

「木村さん、私に何でも良いからテレビ出演の機会を頂けないでしょうか」
「倉木さん・・・・」
「あなた何を考えている、あなたはこれから先も必要な人です、そんな事であなたを社会的に抹殺させる訳には行かない」

「外れたら外れたで良い、その責任は私が負べきものです」
「いや、それは違う、木村さんにはまだ多くの仕事が残っています、これは私にやらせてください」
「私はずっと関東大地震を追っていた」
「そしてそれを追うことが私の希望であり夢だった」

「科学的データも無しに大地震が来るなんて言えるはずもない、外れた場合、社会的損失は計り知れない」
「でも私の先輩の研究者は阪神淡路大震災の時こう言っていました」
「長い間地震だ、地震だと言いながら、結局この地震が予測できなった、自分が被災者を殺したも同然だと・・・」

「先輩はもう癌で亡くなりましたが、私ももしこれで関東に大きな地震が来たら同じ事を思うでしょう、木村さんや政府にはこの発表は出来ない、これは私のやるべきことなんです、お願いします」

「倉木さん・・・・」
「木村さんが私を委員会のメンバーに入れてくれたのは、もしかしたらこうした時の為だったんじゃないですか」
「あなたと言う人は・・・・・」

「できるだけ早い方が良い、明日にでもテレビ出演の件は何とかお願いします」
「・・・・・・・」

テーブルに両手を付いて頭を下げる倉木、どうやら倉木の思いは赤いオーロラを見た時から既に決まっていたに違いなかった。
「わかりました、倉木さんがそこまでの覚悟をされているのでしたら、明日中にテレビ発表の場を作りましょう」
「でも、くれぐれもご自分を大切にする事は忘れないでくださいね」
「有難う、有難う木村さん・・・」

倉木は両手で木村の手をにぎりしめた。

「3日以内か・・・・」
木村はやはり下を向いて、そして天を睨み付けるようにして唇を噛んでいた・・・。

「はい、大曽根ですが・・・」
「あっ、木村です、智美さんですか」
「木村さん・・・・」
「智美さん、すぐに東京を離れ、必要な身の回りのものを持って、那須の事務局まで来てください」
「えっ、でもわたし・・・・」
「事は緊急を要します、事情は後ほど説明します、できるだけ急いで東京を離れてください」
「木村さん、今どこにいるんですか」
「官邸に向かっています」
「とにかく急いで・・・・」

携帯電話はそこで切れてしまった。
そしてそれから何度も木村の携帯に電話をするが、何故か雑音が入って繋がらない。
智美は大曽根の葬儀が終わって以来、全く会うことのなかった木村からの電話に少しだけ光が差した気がしたが、その木村は随分慌てている様子だった。

木村は怒っている時程言葉は丁寧になり、何か感情的になっているときほど、言葉のトーンが冷静になっていく・・・・。

「何があるのかしら・・・・」

「いつか冷たい雨が」・26話

世界各国の通貨製造システム、つまり各国の中央銀行が印刷する紙幣などは、毎年汚損や損傷で失われる分の統計が取れていることから、消失紙幣量は把握されている。
それゆえ毎年確実にこの消失紙幣量は印刷されるが、ではその他の国家政策や金融政策による紙幣や貨幣の製造計画はどうなるかと言うと、各国の中央銀行、日本なら日本銀行が「市場の動向を見ながら検討して」決定している。

また紙幣などの通貨は印刷された状態だけでは効力がなく、この通貨が効力を発揮するのは日本銀行などの中央銀行から通貨が供給された瞬間からである。

従って例えば日本などでどれだけ通貨が製造されているのかは把握されていても、現実の市場金利は中央銀行や財務省がコントロールしているのではなく、あくまでも市場の動向を見て、これによって通貨供給量が決められている、つまりは適当に通貨は製造され、適当に供給されているのであり、ちなみに通貨は印刷段階では通貨ではないことから、実際の通貨印刷量と通貨供給量は同じものでは無い。

そして通貨や債権に安定などと言うものは有り得ない。
それはまるで寄せては返す波のようなもので、例えば日本の円が国際市場に多く出回って来ると、相対的に物資や他の国の通貨が円に対して上昇し、これを抑えて行くには円の流通量を減らせば良いが、こうした事は長期的には可能でも機動性は難しい。

ゆえ、政府の政策や日銀などの方針発表によって先走りの状態で市場が動いて行くのであり、ここで言葉が担保されない状態、いわゆる約束を守らない状態が増えると、こうした言葉による市場に対する影響力は低下し、その国家は市場コントロールが難しい状態へと追い込まれる。

さらに、円の流通量が多くなっていくと公債の金利も上昇していくが、この点で日本の公債の殆どは日本国内で流通している。
従って万一諸外国の間で円が信用を失墜したとしても、日本経済が一時的に鎖国状態になれば、国民生活は物資を蓄えて置くことで守れる。

その上で他の諸外国に力が無ければ、理不尽で有ろうとも国民生活を維持し、少なくとも国内での通貨価値を暴落させていなければ、再度日本の通貨に群がるしかなくなる。
少しくらい味が落ちても3年間は常温保存が利く米は、まさに危機に於いてこそ最大の効力を発揮する食料であり、他の野菜や肉もフリーズドライ製法を用いれば長期保存が可能であり、その製法はカップ麺で実証済みだ。

鉄鋼も石油も集めたし、アフリカではもう現地の人を使った日本の農場が何百と整備されつつある。
国連の人道援助を隠れ蓑に外国の日本農場拡大も実間近になってきた。
あと半年、半年もてば日本は何もかも揃えて、最後に公債を一挙に償還して世界経済の息の根を止める・・・。

ヨーロッパ経済は阿鼻叫喚に陥り、人々の生活もままならず、結果として時の政権は崩壊、国家としての混乱を迎え、そこに火山噴火による凶作がやってくる。
アメリカとて同じ事だ、元々人種差別問題を抱えた移民の国風情が大きな顔をしていられるのも今のうちだ。

日本を防衛してやるなどと言った余裕などなくなり、その期に乗じて日本から米兵を追い出し、日本独自の国防システムを作り、これを認めざるを得なくしてやる。

中国もそうだ、あの国はこれまで経済の発展によって国内の不満分子を抑えてきたが、経済が停滞、若しくは下落して行くと必ず国内に混乱が起きて分裂する。
領土問題などその分裂しそうな勢力の内、有力な勢力の上位3勢力を支援する事で領土確定を行えば、あっと言う間に解決する。
日本は世界を支配する事ができる。
ただし10年間だが・・・・。

天災や災害、混乱などは、それを知る者にとっては大きな武器になる。
古来僅か日食を知っていただけでも、その者は王となる事が出来ただろう。
それは知らぬ者取っては「神」の領域、唯畏れおののいてひれ伏すしか道を持たないが、これに疑問を抱いた者こそがそこに新たな道を切り開いた。

人々が常識としているもの、動かし難いと思っているものの本質など所詮は日食に同じだ、蓋を開けてみればただ「適当」なだけだ。

そして人々はその適当を信じて、あたかもそれを神のように動かし難いものと思って通常の暮らしをしているが、そのようなものは風前の灯火にすがっているに過ぎない。

「だが俺は一体何なんだ・・・」

日本銀行を出た木村はその足で事務局に向かったが、大曽根泰文の好意によって引き続き別荘は事務局として使える事になったものの、もはや安全上の理由から職員もおらず、智美もいなくなった応接室はこれまでより広く見えた。
「もう7時か・・・・」
そう呟いてソファに腰掛けた時だった。

玄関のチャイムが鳴り、警戒しながらも急いでドアを開けた木村の前に立っていたのは倉木和正だった。
「木村さん、大変だ、大変だ・・・・」

「いつか冷たい雨が」・25話

大曽根の葬儀が終わって間もないころ、木村は古川老人を虎ノ門病院に訪ねていた。

「私が付いていながら、本当に申し訳ありません」
「木村君、君のせいでは無い・・・」
「それに君らには分からんかも知れんが、わしらのように戦争で生き残った者はみんな死ぬ為に生きてきたんじゃ」
「死ぬ為にですか・・・」

「そうじゃ、わしらは本当は死ななければならんかった、いや死にたかったのかも知れん」
「じゃが、死んで行った者たちの事を考えると、今は死ねん、今は死ねんと生きながらえてしまった」
「いつかあの英霊たちに見合う時が来て、場が有ったら死のうとして生きて来たんじゃ」
「・・・・・・・・・」

「大曽根君は死に場所を探していたやも知れん」
「あの男らしい死に方じゃった・・・」
「じゃが木村君、いや、今はもう日本のこれから先は木村君にかかっておるから、わしも言葉遣いには気をつけにゃならん、木村さんじゃ、くれぐれも命を大切にな・・・」

古川老人はそう言って木村の方に顔を向けたが、その目には今にも溢れんばかりの涙がたまっていた。

小澤総理暗殺未遂事件は結局「桜井俊夫」の私怨による犯行となり、ではピストルの入手経路はと言うことになると、接触のあった暴力団組員が行方不明となっていて事件全貌の解決には至っていなかったが、取りあえず国民の間には「さも有りなん」と言う印象で事件は収束していった。

また大曽根泰道の死は、これまた国民に衝撃を与えたが、悲劇のヒーローと言う事もあって国葬に準ずる葬儀が行われ、その葬儀には全国から大勢の人が参列していた。
だが智美はこれまでどちらかと言えば「煩い祖父」で、疎遠になっていたものが今回の事で一挙に近くなったにもかかわらず、その眼前で大曽根が殺された衝撃から、葬儀が終わってもまだ呆然とした状態だった。

木村は今回の首相暗殺未遂事件以降、総理や閣僚の警備を厚くし、万一の事も考えて智美もF計画事務局から外していたが、経済や災害には全く疎い小澤に代わって毎日遅くまで動き回り、暗殺未遂事件以降すっかり表に立たなくなってしまった小澤の為に官邸報道官を新設し、政策や内閣のコメントは官房長官、そして首相の近況やプライベートな意見などは官邸報道官と言う具合にして、国民との距離を開かせないようにしていた。

明けて2013年1月9日、日本銀行川上総裁から連絡が入った木村は急ぎ日本銀行に向かうが、そこで川上総裁は「円」が限界に近いことを知らせる。

「これで日本は約1年8ヶ月国民生活を維持できる食料、鉄鋼などの物資を買い集める事ができる円と、公債の22%を償還できる円、総額で600兆円の増刷が終り、実行されていない通貨は公債の分だけですが、公債の償還を実行すると日本だけで全世界の実態流通通貨の4%を半年で流通させる事になります」

「円は下がりますね」
「どうでしょうか、EUがギリシャの態度を保留したままですし、スペインは破綻寸前、イタリアも時間の問題でしょう、これに引きずられてドルも低迷していますから、下がり具合はスライドしているのが今の現状です」

「まだ暫く日本は輸出を抑え、輸入を促進しなければなりません、円安は都合が悪い」
「それと公債の償還は一度に行いますか」
「分割できますか」
「何とも言えませんが、その衝撃を考えたら分割償還が良いように思うのですが」
「それだと最後の方、もし5回に分けたとしたら、400兆円が償還出来ない可能性がでないですか」
「・・・・・・」

「それともう一つ、アメリカが円売りに転じてきました」
「アメリカはもうこちらの意図に気づいたと言うことですね」
「そうだと思います」
「でもアメリカの円売りは限界がある」

「ドルが上がるとアメリカの輸出に影響が出るから、この苦しい中そんなに我慢は出来ないように思いますが・・・」
「木村さん、本当にこんな事をして大丈夫なんでしょうか」
「日本の円が紙くずになったとしたら、世界経済は完全に破綻します」
「それが目的です、そしてその中から一番傷の浅い者が一番最初に立ち上がる・・・」

「ああ、雪か・・・」
日銀の建物から外に出た木村を待っていたものはこの季節には珍しい湿った雪だった。
「俺は何をしているんだ、誰のためにこんな事をしているんだ」

空を見上げた木村の脳裏にふと甦ったのは智美だった、田んぼで目を丸くして自分を見上げていた智美の姿が何故か今、とても暖かいもののように思えた。

プロフィール

old passion

Author:old passion
この世に余り例のない出来事、事件、または失われつつ有る文化伝承を記録して行けたらと思います。

[このサイトは以下の分科通信欄の機能を包括しています]
「保勘平宏観地震予測資料編纂室」
「The Times of Reditus」

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