「この子何で泣くのかしら」

人体は微弱電気信号の集合体で有り、生きるためにあらゆる情報を得るユニットで構成されている。
ゆえ、それ自体が「受容体」で有り、一つの精密な「受信機」でも有る。

医療関係者に大地震発生直後にアンケートを行うと、大きな地震が発生する数日前、約4日くらい前からだが、体の変調を訴える者が多くなると言う回答が出てくる。
その内訳で最も患者数が増加するのは整形と整形外科で次に多いのは脳神経外科、そして循環器内科、歯科、産婦人科、小児科、内科と続くが、こうした事から一般的に大きな地震が発生する少し前から、人間の体はその事を受信している可能性が有る。

もっともこうした傾向は、低気圧や台風の接近に伴う気圧や温度変化でも同じ傾向が有り、どこまでが地震との因果関係を問えるか、或いは世界的な統計が取られている訳では無いので、絶対的な傾向と言う事は出来ないが、ある種の民間療法や都市伝説と同じ感覚でも良いから記憶しておくと、もしかしたら大きな地震を察知して、事前避難が可能となる場合があるかも知れない。

阪神淡路大震災が発生したのは1995年1月17日の未明だが、当時神戸市郊外で整体士をしていたSさん(58歳)の証言によると、1月9日くらいから腰痛、膝痛、首の凝りを訴える患者が増え始め、1月15日くらいからは、それまで結構治療が進んでいた既存通院患者までが痛みの悪化を訴えてきたとしている。

また1993年7月12日に発生した北海道南西沖地震、ここでも函館で開業していた整体士Aさん(46歳)の証言によると、7月に入ってから少しづつ腰痛や肩凝りを訴える患者が増加し、7月10日くらいには午前中で予約が埋まってしまう程だったとしているが、同じように1983年に発生した日本海中部地震以降の大きな地震発生後行なったアンケート結果を見てみると、膝痛や腰痛と同じくらい頭痛を訴える患者が事前に増加している事が分かる。

そして腰痛や頭痛ほどではないが、心臓疾患をかかえる患者も、地震発生前日、若しくは前々日くらいから体の不調を訴えるケースが増え、これはペースメーカを入れている患者を除外した統計である。
心臓にペースメーカーを入れている心臓疾患の場合、患者のいる場所の近くが震源となって地震が発生する時は、凡そ5秒前後に一時的に不安定な変調が現れる事が多いが、これは一時的なもので有り、すぐに体調は回復するケースが多くなっている。

また虫歯が有る人の場合、これも大きな地震が発生する前々日くらいから一時的に痛みを伴うと言う調査結果が有り、歯槽膿漏の患者の場合は、歯茎が急に冷気にさらされたような締め付け感を受けたと言う記録も残っているが、もっと興味深いのは妊産婦の調査で有る。

妊産婦の調査は地震発生後の調査で、「そう言えば」と言う不安定な主観要素が強い為、どこまでが地震との因果関係かと言えば極めて厳しいものが有るが、妊娠8ヶ月以降、誕生間際の母体内胎児の活動が、地震発生前日から活発化したと言う話が記録されていて、これは生後間もない幼児が突然泣き出したと言う記録よりは少ないものの、どこかでは因果関係が有るのかも知れない。

更に幼児に関して、生後6ヶ月以内の乳幼児の場合、定期的な授乳時間が不定期になる、余り夜泣きしない子供が夜泣きを始める、その逆で夜泣きが止まったと言う場合も有り、ここでもどこかで通常とは違った傾向が現れてくるようだが、ここまで来ると地震との因果関係は限りなく不透明でありながら、母親と子供と言うある種言語を超えた特別な関係を鑑みるなら、何がしかの客観的整合性を超えた確証を想像出来るのではないか。

それとこれは医療現場に付帯して人間とは密接な関係に有る放射線に付いて、実はコバルト系の放射線では、50年近く前から地震発生前24時間前後にその特性の一部が失われる現象が確認されていた。
具体的に言うなら数十年前まで時計の文字盤内で使われていた蛍光塗料、この暗闇で光を発する特性が、地震発生前日くらいから失われる現象が多く確認されていたのである。

それゆえ医療用の検査機械としての放射線治療器、或いはレントゲンなどの放射線精密検査機械などは、大きな地震発生前には何がしかの誤差が生じている可能性が有るが、こうした事の具体的な報告は表面に出ることもなければ、勿論統計も存在しておらず、同じことは例えばパソコンの冷却ファンを回すSPモーターでも発生しているだろうが、そんな事を企業が外に出すことは有り得ないのかも知れない。

モーターの精度はその周波数で確認するのだが、大きな地震発生前には基準周波数を外れる「非同調周波数」のモーターが出来ているはずであり、ここからでも前日には地震発生が予見できる可能性が有り、こうした事を鑑みるなら原子力発電所の周辺や、その機材にも地震発生前にはかなりの変化が出ている可能性も否定できない。

最後に、人間が受信機で有るなら、どうして健常者より疾患を持った人や乳幼児などの方がより多く地震を察知出来るのだろうか。
この事を考えるとき、人間の力と言うのはその劣性や弱さに対応するもので有る側面が見えてくるような気がする。

その弱さゆえ知ろうとし、その弱さこそが生きる力なのかも知れない・・・。
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「3つの拡大の終焉」



New Canon Rock Steve・・・・・

経済には平面的広がり、時間的な広がり、それに高さと言う広がりが有り、こうした事を取り囲んで通貨と言うそれぞれの胴元がいて、株式と言う賭博が繰り広げられている。

経済、商いの本質は詐欺であり無限連鎖講でしかないが、この詐欺や無限連鎖講が消費者の任意で動いている状態を商業活動、商業活動全体と、それに資金を供与している、いわゆる賭博に参加している者を含めた状態を「経済」と言う。

経済の平面的広がりとは、もし人間一人に一個必ず必要な物が有ったとして、それが買われていく様子を示すもので、これが経済の基本になるが、需要と供給が均衡しているか、若しくは均衡に近い状態も指していて、過度な情報によって本来その需要が持っている速度を超過していない、純粋速度需要で有る場合、全ての人間の需要が満たされれば、その需要物を生産販売している組織や個人は必要が無くなる。

ところが純粋速度需要には時間経過が伴う事、どんな企業や個人も、現在自身が作っている製品がどこまで売れるかは予測でしかない状態で物を生産、販売して行く事から、或いは現状が継続して行く事を想定して生産販売をする事から、ここには仮想や暫定の広がりの概念が存在し、この状態は隠れた無限連鎖性を持っている。

また利益は「自身の価値」と言う事になり、ここに適切な基準は存在していない事から、利益の正体は「取れるだけ」と側面を持っているが、この事は「貰えるだけ」と言う消極性と同義でも有り、生産された物の適正価格は実は存在しておらず、それに対する利益は「環境」や「状況」と言う事になる。

従ってここにはその物に対して幾らまでなら許容して買うか、またどれだけの対価が欲しいかと言う接点が出てくるのであり、予め基準や絶対的等価価値が存在していない事は、相互に包括している理論上存在する価値では無い部分、いわゆる詐欺性利益分を許容し合うことで成立し、仮にどちらかがこの事を認めない状態で対価供与を行なってしまった状態が「詐欺」なのである。

そして経済の時間的な広がりとは「未来の消費」であり、ここで空間的な広がりでも出てきた純粋速度需要の考え方が出てくるが、例えばエコカー補助金などは、早く対象車を買わないと、補助金総額が終了してしまう為、本当は今必要では無い人、もう少し先に買おうと思っていた人まで、今の段階で車を買わせてしまう。

しかしこの事の現実は、もし補助金が無かった場合、今の段階での販売台数は確実に減少する、言い換えれば需要が長く保たれるが、今、車を買わずもう少し先に車を買おうと思っている人、つまりは未来の需要を現在の段階で食いつぶしてしまうことで有り、ここで純粋速度需要に相当するのが補助金の無い状態と言う事になり、補助金が有る場合の需要は加速度需要である。

この事の効果は大変厳しい現実的側面を持っている。
未来の利益を現在の段階で得ているのだから、当然その未来の売上は減少し、需要の終了点は純粋速度需要より遥かに早い段階で訪れる事になる。

補助金の効果以上に需要がなくなってしまうのであり、これから先日本の自動車メーカーは確実に国内販売の大幅下落に苦しむはずである。

また時間の広がりは「契約」と同義性が有る。
100万円の資金を借りたとして、その返済に1年の猶予が有れば、その資金で種を買って農産物を生産し、500万円の利益を出すことも、100万の資金を年20%の資金運用に回す事も可能になる。

これが「時間を利益」とする考え方の基本だが、実はこれも自動車のエコカー補助金と同じで「未来を現在で消費」しているのである。

18世紀ヨーロッパの「自由」の概念が「未来を消費していない状態」に有った事は、極めて含蓄の有る事実と言うべきだろう。

自動車などの消費財はそれを売る側が補助金などによって、買う側もローンなどによって共に未来を現在で消費しているだけなのであり、このことがもたらす結果は消費による社会経済の活性化だが、未来の時間を消費する事が頻繁になってくると、社会経済の活性化速度も早くやってきて、いずれはそれが現在を追い越し、未来にまで食い込んでしまう、マイナス経済社会になっていくのである。

更に最後になったが経済の「高さ」に付いて、これは簡単に言えば少し前に流行った「付加価値」などと言う考え方、或いは階層市場原理と言う考え方だが、チョコレートを買った人はケーキも買わないかな・・・と言う考え方である。

経済の「高さ的広がり」とはサービスの向上などによるクオリティの面、それと商品市場に複合性をもたせる事を意味していて、商品そのものを深く掘り下げる「ブランド性販売」と企業の副業事業の拡大、或いは大型店の躍進などがこれに相当するが、この事は消費に資産運用の側面を持たせたり、消費にかかる時間的ロスを軽減させる、または企業が持っているノウハウをそれまでとは違った商品開発に活かせるメリットを持つ。

しかしこうした経済の「高さ的広がり」は、基本的には飽和供給であり、本来積極性消費では無い物を消費させようと言う観点から言えば、劣化市場競合、つまりデフレーション・スパイラルである。
少ない消費を求めて商品がさまよう事を考えるなら、本当に必要な措置は「生産調整」と「需要商品の開発」で有り、市場開拓と言う更なる商品の投入は全く逆効果にしかならない。

今まで経済は空間的拡大、時間的拡大、立体的拡大と言った具合に、市場を中心に考えられた来たが、これからの経済は「縮小」で利益を出す方向で調整が必要になる。
リサイクル、メンテナンス、開発の時期を迎えているのであり、膨らんだサービス業などの高次産業経済から、食料生産などの低次産業経済への循環点に有るのかも知れない。

経済は基本的には仮想部分によって拡大しているが、その決済は「現物」であり、今世界経済はその現物決済に株式取引と言う二重の「契約」を組んでいるが、この破綻は間近である。
日本経済は2013年1月にはこれまで経験したことのない危機的な局面を迎えるだろう。





「拡大するハザードマップ」



荒野より / 中島みゆき [公式]・・・・・

災害の恐ろしさはその災害の直接の被害もさることながら、もっと恐ろしいのは災害が復興される過程で、直接被害を受けなかった者を含めて、広い範囲、厳密に言えば日本全体の人の心と経済を狂わせてしまう点に有る。

2007年に最大震度6強の地震に襲われ、建物倒壊など大きな被害を出した「能登半島地震」、あれから既に5年の歳月が流れ、きれいに復興された輪島と、たまたま朝市に高校生のグループが出店してたので、彼らの話も交えて輪島がどう復興され、何が壊されたのかを検証した。

まず何故輪島の朝市に高校生が出店しているのか、その理由を訪ねてみたが、売上の低下が著しい朝市の活性化の為と言う事だった。

同朝市は震災以前から販売している食品の偽装申告の問題を抱え、売上が年々低下していたが、その売上下落は加速を付けて悪化し、苦肉の策として話題作りのために、地元高校の生徒が朝市出店をしているとのことだった。

従ってこの出店は初めから「取材」されることが目的であり、高校生の自主活動と行政や教育機関が行う緩やかな生徒に対する強制、或いは誘導とのグレーゾーンに有り、その趣旨もボランティアなのか生徒の社会学習なのかはっきりしていなかった。
また実際に販売されていた「いしるクッキー」なども余り売れている様子は無く、饅頭なども殆ど買っている人はいなかった。

この点に付いて生徒たちにどう思うか聞いてみると、「どちらかと言えば利益を出してはいけない感じなので・・・」と言う歯切れの悪い返事が帰ってきて、その真意を聞いてみると、「周囲で出店している人を超えて売ると、朝市に迷惑がかかるから」と言う事だった。

非常に残念だが、このような全体主義的な事ではせっかく販売の最前線にいて、ものを売ることの楽しさ、金が儲かる事の嬉しさが実感できない事になる。

またこの生徒たちが販売している小さな饅頭は1個が130円以上で、どこかでとても高額な気がした事から、饅頭に表示されている地元のメジャーな菓子店へ出向き、そこで試しに菓子など買って見たが、店員の印象はどちらと言えば高圧的な印象で、その原因を探るべく、周囲の他の店舗でも取材を起こしたが、そこから見えてくるものはどうしようもない泥沼だった。

その菓子店は金沢駅構内の売店にも菓子を販売する能登屈指の有名店だが、周囲の住人の評判は大変悪いものだった。

能登半島地震被災直後、被害の少なかった同菓子店は震災復興補助金を使って店舗を増設、そうした経緯から行政も補助金の給付先である菓子店を優先して援助して行ったのではないかと言う噂が有り、報道の取材も輪島市には他にも沢山の菓子店が有るが、取材は殆ど同菓子店に集中し、為にこの菓子店関係者が笑顔なのはカメラが回っている時だけだ・・・」と言う話だった。

つまりここで見えてくるものは、行政も朝市も地元製造メーカーもセットになって震災復興費用を「消費」してきた図式であり、この現実が見えない高校生たちの純粋な互助精神が道具にされている点にある。
そこで頭を抑えられた高校生たちが、本来学ぶべき大切な実態経済への挑戦と言う部分が蔑ろにされている事である。

更に能登半島地震の災害復興に関しては、その復興工事に携わった能登の土木建設業者が談合して工事を受注し、この事が公正取引委員会によってあばかれ、罰金が課せられたにも関わらず、地元各市町村はこうして震災復興費用と言う公費を食い物にした業者達が潰れると、地元経済が冷え込むことを理由に「懲罰軽減嘆願」を出している異常さである。

金のためなら「法」など少しねじ曲げても構わない、いやむしろ現実を考えるならそれがベストだと言わんばかりの考え方で、その一方では高校生がやることに「金や利益の追求は如何なものか」と言う事であり、しっかり「金や利益」の重さ、責任を学んで来なかったから、今日この過疎地域の経済のいい加減さが有ることが理解されていない。

だが高校生の目は結構大人の世界を見ているものだ、こうした背景をどこかで肌で感じる高校生達が抱える矛盾は、結果として彼らによって地域が切り捨てられる結果を生むような気がする。

その地域に対して絶望、或いは失望してしまう事から、この過疎地域から出て行くしか自身の夢や希望を叶えられない現実が出てくるのでは無いか、そしてその地域に失望をもたらすものは決して貧しさでは無く、その貧しさに心を失った人間によってもたらされるものでは無いかと思う。

地方の文化人、議会議員などの質は極めて悪い。
高齢化した社会、長期の援助主体経済は文化思想偏重主義を生み、劣化した見方から金を稼ぐと言う事がどこかで汚い、下品だと言う風潮を生むが、その一方自身に給付される補助金や歳費、年金などは上品な金だと思っている傾向が出てくる。

だが金の本質は稼ぐ事と「消費」の均衡に有って、税金や公費が支給される事、つまり「消費」のみが正しいのでは無い。

ちなみにこの朝市を取材したNHK,他の民放各局、新聞各紙の記事では「いしるクッキーの売上は好調、高校生たちの満面の笑顔が地域に大きな力を与えてくれた」となっていた。
2007年以降、能登は確実に壊れてきているが、それは地震が壊したのでは無く、震災復興と言う考え方、補助金やそれに群がる人間によって壊されたのであり、それは5年経った今でも広がりつつあると言う事だ。

おそらく東北の復興でも同じような事が、いやそれ以上の事が起こっているはずで、そうした事は震災復興と言う大義名分の影に押し込められ、光の中に出てくる事はできずにいるだろう。

防災の日を前に私が思うことは、人間こそが一番大きな「災害」になると言うことかも知れない。

「インモラル・ショートストーリー」

「あなた、朝からそんなに食べて大丈夫なんですか」
「いいから放っておいてくれ、食べるだけが楽しみなんだ」

消費税増税のおかげで党は分裂、原発再稼働で国民の支持は急降下、その上に苦手だった外交を放置していたら尖閣と竹島の領土問題で中国はともかく、韓国からもボロボロに言われてしまった野駄総理は、元々ストレス性の過食症だったが、それが更に悪化したようで、妻の制止も聞く耳持たず朝からカレーライスとオムレツを平らげ、その上チキンカツサンドにまで手を伸ばそうとしていた。

「まるで豚ね・・・」

亭主を見ていると気が滅入るだけなのでテレビのスイッチを入れた妻、NNKではいかにも気象庁と言う感じの男性解説員が今日の天気を説明していたが、台風の進路予報を観ていた妻は何気なくつぶやく・・・。

「どうやら台風は韓国の方に向かうのね・・・」
「台風が韓国・・・・」

妻の言葉に3分の1ほど残したカツサンドを口に入れる手が止まった野駄総理、「台風・・・」「神風・・・・」とつぶやくと、上を向いて何か考えていたようだが、次の瞬間、立ち上がってテレビの前まで走り寄った。

「太平洋海域の海水温が高い為、猛烈に発達した台風15号は今日沖縄付近に接近するもようで、最大瞬間風速は70mを超え、その後も発達を続けるものと考えられます」
予報官は神妙な面持ちで解説していた。

そしてその台風の進路予想図を見ていた野駄総理は、何を考えたのか妻にクリーニングが終わった背広を持ってくるよう言うとそれに着替え、更に残っていたカツサンド2個をポケットに入れ、「チョット出かけてくる」と言い、首相官邸のエントランスに向かった。
「また思いつきで変な事を言わなければ良いのだけれど・・・」
野駄総理の後ろ姿を見ながら、妻は思わずため息をついていた。

「なんぼなんでも、そこまではようやれまへんがな・・・」
「そこを何とか・・・」
「そやかて、わてらもこれで宗教団体でっせ、人の不幸はよう拝めまへんで」
「金ならいくらでも出しますし、これから政府としても色々便宜をはかります、何とかお願いできないでしょうか」

誠実な感じで頭を下げる野駄総理、口をへの字に曲げていた新興宗教の教祖は、金と言う言葉に僅かに口を緩めた。

「しゃーないな、今度だけ、特別でっせ」
教祖は暫く考えた振りをした後、いかにも軽率そうにポンポンと野駄総理の肩を叩くと、ニヤっと笑って見せた。

さあ、それからが大変だった。
この新興宗教団体の教祖が行う護国鎮護の祈祷の様子は、政府の圧力によって日本の全メディアが取材する事になり、キンキラの衣冠束帯姿の教祖はとんでもない祈祷を始めるのである。

「天皇を侮辱した韓国は許しがたーし」
「よってこれより韓国に誅伐を与えるべく天にお願いもうーす」

おりから韓国の方向に向かうことが予想されていた台風15号は、その予測どおり韓国に向かい、この事にコメントを求められた野駄総理は「いくらなんでも他国の災害を喜ぶ事はできません、できれば被害の無いことを祈っています」と会見したが、何となくどこかでピンと来るものが有った妻の視線は冷たかった。

「日本めー、暗い事をしやがって・・・」

刻々と台風が近づきつつある韓国、台風と日本の呪詛は関係が無いと言う論評が主流を占めながら、それでもわずかづつだが日本の呪詛に対抗できない「李 秋博」大統領の人気は下がりつつあった。
これに業を煮やした韓国「李 秋博」大統領は、ついに韓国で最も権威のある寺院の貫主を呼び、護国呪詛返しの祈祷を盛大に始め、その事が韓国メディアによって大々的に報道され、ここに台風を挟んで日本と韓国の呪詛合戦が始まる。

はじめは面白半分に取材していた海外メディアだったが、流石にここに至るとバカバカしくなり、現場から取材命令拒否が続出し、このままではアジア全体の品位が下がる事を恐れた中国、東南アジア諸国が共同で調停工作に乗り出したものの不調に終り、そこへ台風が僅かに韓国に接近する。

「おお、神風だ・・・」
韓国に少しだけ上陸した台風を「神風」に仕立て上げた野駄総理の策は効を奏し、民主党の支持率は上がった。

「すわ、解散は今しかない」と踏んだ野駄総理は国会を解散し、日本は総選挙に突入するが、そこへ台風19号が近づいてきて、今度は韓国が台風の日本上陸呪詛を始め、ものの見事に19号は日本に上陸、またしても人気を失った民主党は海の藻屑となって消えて行った。

この話はフィクションであり、登場人物その他は全て架空のものである事をご了承ください。




本当はこんな話を書かねば良い人、人格者になれるのかも知れないが、どうしてもこうした不謹慎心な事を考えてしまう、そして書かずにはおれない、その事に嘘が付けない。

でも韓国の一芸能人の政治的思想を理由に、入国が云々言う日本の大臣はこの話を笑えるのかな・・・。


「グラジオラス」

今年は早くからツバメがやってきて、その数も大変なものだった。

凡そ15組ものツバメ夫婦が2度卵を孵し、中には3度もヒナを育てた者たちもいたようで、おそらく今年だけで家から200羽のツバメが巣立って行く事になったのではないかと思う。

そして今は最後の巣に5羽のヒナがいて、親鳥が一生懸命餌を運んでいるが、このヒナが飛び立てば私の夏も終わる。

だがきっと今年の夏の暑さはツバメたちに取っても結構堪えたのでは無いか、普通なら巣立って1週間ほどすれば家に帰ってくることはないが、どうも昼の暑さを避けているようで、日中は沢山のツバメが建物の中を遠慮なくバタバタと飛んでいる。

また少し山の近くに有る畑へ出かけると、こちらには空を数え切れない程のオニヤンマが飛んでいて、私の姿を見かけると「誰が来たんだろう」と言うような顔をして近付いてくる。

午前4時39分、まだ明けやらぬ道に自転車をこぐ私は、今日こそはスズメバチの巣を退治しようと、強力噴射殺虫剤を手に水利ポンプ小屋へ急ぐが、少し先の道に何やら黒い塊が転がっていた。
「さては狸が車に轢かれたか・・・」と思い近づいて見ると、それはいつも家に来て狼藉を働いていた隣家の猫だった。

頭から血を流し、内臓が少し露出した姿で既に事切れていたが、「馬鹿だな、死んでしまったのか・・・」と声をかけた私は、その硬くなってしまっている亡骸を道の端に寄せ、明るくなって活動し始めたらどうにも手が付けられなくなってしまうスズメバチ退治に急いだ。

先日田んぼに水を当てようとして、うかつにもポンプ小屋に近づいた私は、その木の壁の穴の中にスズメバチが巣をかけている事を見落とし、見事に首を刺されてしまった。
それで以後水を見に行く度に蜂に刺されていたのでは辛い事から、蜂専用の殺虫剤を買ってきて退治しようと言う事になったのだが、如何せん、僅かに薄明るくなった巣穴の付近には既に2、3匹のスズメバチが出て来ていた。

仕方なく少し離れたところから巣穴に向け殺虫剤をかけたが、おそらくこのような事で蜂が巣を諦める事は有るまい、明日こそはもう少し早く来て、巣穴に直接殺虫剤を噴射してやると心に誓い、また自転車で猫の所に戻った。

家の猫はいじめる、餌は横取りする、暑いのであちこち開けてある窓や戸から侵入し、食べられそうなものは全て食い散らかして行くギャング猫だったが、そうした事を咎めもしない私の顔を見て、僅かに「しまった」と言うような表情をする猫だった。

隣家の高齢者夫婦は2人とも足が悪く、特に当主は数日前に病院から退院してきたばかりだ、きっと飼い猫を葬ってやることもできまい、いやそもそも隣家には10匹以上の猫がいるから、こいつが死んだくらいの事では気がつかないかも知れない。

「どこまでも手間をかけさせやがって・・・」
私は家に帰って新聞紙を持ってくると、それで猫をくるみ、自転車の前カゴに乗せて家に戻った。
そして川辺の土手に埋め、少し大きめの石を置き、畑に数本だけ残っていたグラジオラスを供えた。

やがて完全に太陽が登った午前6時30分頃、サトイモに水をかけていたら隣家の当主の姿が見えたので、先程の顛末を話して聞かせると、意外にもどこかでそれで良かったと言うような話だった。
隣家でも他の猫をいじめ、やはり狼藉ざんまいだったようで、くだんの猫はどちらかと言えば嫌われていたようだった。

「おまえ、誰にも悲しまれずに死んで行ったのか・・・」
私はいつも見つかると「しまった」と言うような顔をしていた猫を思い出した。
「馬鹿だな、本当に手間をかけさせやがって」
「仕方ないから、俺だけでも悲しんでやるよ、だが特別だぞ・・・」

さっき作ったばかりの猫の墓の前で、そう心の中で呟いた私の前を沢山の子ツバメたちが舞い、スズメバチがアブが横切り、オニヤンマも赤とんぼもスイスイ泳ぐように飛んで行った。

「2つのGovernment」

自民党は「政権公約」と言う言葉を黄泉の国に葬り去った。

そして民主党はその政権公約のブリティッシュバージョンで有るところの「マニフェスト」と言う言葉を黄昏(たそがれ)にしてくれた。
魑魅魍魎どもが「待った無しの財政改革」を野合している間、つい先頃日本銀行が買い取って来ていた日本公債の額が、いつの間にか紙幣発行残高と同額の80兆円を超えてしまった。

つまりこれは事実上日本は何もしていないし、出来ていない、ただ金利のみがマイナスになっていると言う事であり、それが証拠に国内銀行117行の「予証率」合算はは、2012年3月決算で41・8%にまで膨らんできていて、これは国内銀行の運用が大きく国債に依存している事を示していて、つまり日本はあらゆる場面で「借金」を中心に経済が組み立てられていると言う事である。

加えてヨーロッパ経済の破綻はもはや確実な状況で、アメリカは今年の11月に控えている大統領選挙に向かって共和党と民主党の対立が激化し、軍実支出や福祉支出の財政支出が予算委員会を通過できる見込みが立っていない。
おそらくどこかの時点では共和党と民主党が歩み寄る場面が出てくるのだろうが、この事態の収拾如何によっては世界経済が一挙に縮小に向かっていく可能性が有る。

また静かに確実に忍び寄っている食料不足の影は、昨年から中東諸国の民主化要求に形を変えて激化してきているが、こうした傾向は中南米の麻薬組織の拡大、ヨーロッパの民衆の暴動の本質となって拡大していく。

このような情勢に有って日本を鑑みるなら、現状の日本国民がまず何とかしなければならない最重点事項は「Government」である。

今の日本は国際的観点から「交渉相手」がいない状態で有り、既に死に体を超えて腐臭を日本の上に漂わせている民主党政権、更にはこの民主党政権が終わったとしても、次の政権には全く期待が寄せられず、その度に変わって行く日本の政府は、もはや「Government」の定義を失っている。

今回「竹島」と「尖閣諸島」と言う戦後日本が常に抱えてきた領土のテーマが火を吹いたが、どうだろうか、ここから中国と韓国の微妙な誤差が見えては来なかっただろうか。
韓国の竹島に対する領土意識はまるで子供のそれであり、菓子が買ってもらえず泣き叫ぶ子供と同じだ、何も現実が見えていない。

だが同じ領土問題にしても今回の中国政府の対応は「微妙」なものがある。
片方で活動家達の尖閣諸島上陸を「許可」と言う消極的意思で推進しながら、それが拡大しないようにコントロールをかけている。
この背景には中国の内政問題が有り、尖閣諸島に対する活度家達が大きな組織になってしまった場合、それが中国国内の民主化要求、民族独立運動に転嫁する事を恐るからであり、そしてもう一点は「経済」に有る。

中国の経済を支えていたものはヨーロッパ経済であり、だが昨今のヨーロッパ経済は既に壊滅的な混乱である事から、この中に有って現状で国際資本の避難所となっている日本経済に敵対するにはリスクが出てくる。
そこで尖閣諸島の領土問題でも、基本的には中国政府のコントロールが見える訳である。

つまり中国政府には「リスク」処理で政治対応できる能力が出てきていると言う事であり、国際社会はここから中国政府がもはや第一級の「Government」となっている事を読み取らなければならない。

韓国領土意識などその基本は「個人の事情」であり、その意味では国民感情をコントロール出来ずに、それをローカルな日本敵対に向かわせ、しかもいつか国際社会のルールとの軋轢が出てくる事に対する大きな危機に対応できてはいない。
この意味から韓国と中国と同列にしてはいけない。

竹島など小さなミサイルを一発打ち込み、岩の一つも欠けさせた上で、国際司法裁判所に提訴し、国際社会に日本は領土問題では武力も辞さない事を示し、韓国は解決済みの第二次世界大戦戦後処理を盾に日本を脅迫していたと訴えて置けば十分だ。
後は韓国国内で更に対日敵視が加熱し、韓国の方から自主的に経済封鎖を始める。

一時的に戦争状態を作り、そこで始まるものは韓国経済の落ち込みだ。
韓国の大統領は現大統領も、来年2月で交代する次期大統領も経済的な落ち込みの中で混乱状態になり、国民も少しは現実を見るようになるだろう。

日本はこの間に北朝鮮と少しだけ関係を改善し、アメリカに対しては韓国関係に対する譲歩を餌に、沖縄の基地問題などを交渉することで軍事衝突と言う鉾を収めれば、それでも大きな進展になる。

そして中国はこうした日本の領土に対する軍事行動を非難しながらも、尖閣諸島の件には慎重になって行くだろうし、経済と兼ね合いを見ながら行動していく事になる。
だから、尖閣諸島には今後の世界経済の入口のような部分が出てくる。

日本は韓国などどれだけ甘く見積もっても構わないが、中国は既に経済の上でも「Government」でも、日本の上に有ることを意識して措く必要が有る。

だが日本、日本人の最大の問題はこうした領土問題や外交では無く、それ以前の問題だ。
もはや完全に制御を失い、国際社会からも相手にされない日本の「Government」をどうにかしない限り、外交も内政も行き詰るのは必死で、海外では国民がこの事を「不幸」だぐらいで済ませている点に大きな疑問を持っている。

民主党野田政権は消費税増税と引き換えに「国会の解散」を約束したが、現状で解散すれば民主党は消滅し、この事情は自民党でも同じである。

自民、民主、公明の三党合意では民主党、自民党は国民から同じような批判票を受け、これを何とか出来るのは宗教票を持っている公明党のみだが、ここから強烈に解散を求める公明党と、一応原則はそうだが、解散しても国民から信を得られない自民党執行部との間には温度差が出始めている。

既に自民党でも解散したくない空気が出てきているのであり、一方、現状で国会が解散されたとしても、大阪維新の会が出している政策を見る限りでは、言葉は美しいが数値目標や具体策が無い、初期の民主党マニフェストと全く同じである。

また小沢一郎代議士の「国民の生活が第一」にしても、この名称では初めから福祉目的党のイメージしかなく、外交や経済が蔑ろにされているのではないかと言う海外からの声は実にもっともであり、両者とも自民党、民主党以上に政権担当能力が有るか否かと言えば、全く期待できない。

おそらく国会の解散は自民党、民主党によって最大限延ばされた状態になるだろう。
その上日本国民には自身の夢や希望を託すに値する政治家や団体がいない。

消費税を撤廃し、都市部の固定資産税を下げ、高齢者、公務員優遇政策を切り捨て、小さき者を潰し、それをして大きな者に圧力を加え、自国が生き残る外交を国民が提示し、代議士候補に言う事を聞かせる時代なっているのでは無いか・・・。

そして私がこんな事を言うと、また軍国主義者だの、帝国主義者だのと言われるのかも知れないが、日本には実は2つの「Government」が有り、もう一つの「Government」は政治に口を挟めない事にはなっているが、国内的にも国際社会でも最大級の「権威」を有している。

同じデモを起こすなら、「何か騒がしいね」と涼しい顔をされて終わるより、宮内庁前で土下座して「永田町の魑魅魍魎どもに一言喝を入れてやってください」などとお願いした方が良いのでは無いか、この暑さの中、そんな事を考えてしまう・・・。

家庭の事情と農作業が煩雑を極め、回答が遅くなったが、ずっと貴兄のご意見は拝見していた。
おそらく貴兄が思われている事は今の日本国民の多くの意見で有るように思う。

それゆえこうしてコメントでは無く、記事とさせて頂いたが、これはあくまでも私個人の見解であり、これが全てでは無い事もまたご理解頂けると有り難い。

「グローバルショック」

さて今夜はこうした記事を書いていると、どこかで愚か者の土俵に自分まで乗ってしまったようで気が進まないのだが、先日来熱心に「竹島問題」に付いて秘匿コメントを寄せてくれている、おそらく若者だと思うが、貴兄に対する私なりの所見を記事とした。

本来コメントでお返しすべきだろうが、500文字ずつでは何かと読み辛いかと思い、記事の形を取らせて頂いたが、世の中にはこうした見方も有ることを理解して頂ければ有り難く思う。

「李明博」(イ・ミョンバク)韓国大統領、日本名「月山明博」は2012年7月24日、元国会議員である実兄が金融機関に便宜をはかった見返りとして、多額の不正資金を受け取った事が発覚し、為に実兄や自身の側近がこの二週間前に当局に逮捕されていた事から、国民に対し謝罪会見をしている。

唯でさへ来年2月で大統領任期も切れる事も有り、「過去の人」、「死に体」の状態だった李明博大統領は、これで国民から疑惑の目をまで向けられることになり、人気は著しく低下していたが、なんとかしてこうした状態を払拭しようと考えのが「竹島問題」の再燃だった。

元々極右が中道の皮を被ったような李大統領は、その出生地が日本の大阪だった事も有り、大統領予備選挙では「母親が日本人」と言うネガティブキャンペーンをされ、苦しんだ経緯もあって、経済的な意味から親日的な言動をしていたが、その実態は激しい対日感情を持っていたと見るべきで、その彼が一番手っ取り早く自身の身内のスキャンダルを国民に忘れさせる事ができる方法が「日本攻撃」だった訳で有る。

だが、国民に対する謝罪会見のすぐ後に「日本攻撃」では、国際社会からも韓国国民からも更なる疑いの眼で見られる可能性が高い。
不祥事を誤魔化すタイミングとしては、オリンピックに国民の目が向いている期間にやった方が誤魔化し効果が高い。

と、まあここまでは良かったが、これに過剰な反応を見せた韓国のオリンピック観戦者が、韓国サッカーチームの選手に「独島は韓国領土だ」のプラカードを持たせ、それを日韓戦に勝利した韓国のサッカー選手が会場で高々と掲げてしまった。
これはとんでも無いアクシデントだった。

ローカルがグローバルに露出した瞬間だった。
韓国は「日本憎し」をスローガンに第二次世界大戦以降の国作りを進めてきた経緯が有り、この点では「日本攻撃」は何にも増して優先される風潮が国内に醸成されている。

勿論経済的な繋がりから親日派もいない訳ではないが、極めて古典的な儒教思想が絡んだ韓国国民感情は、「日本攻撃」に対する全体主義傾向を持ち、韓国国内のリベラル派を容認できない状態となっている。

この事から韓国では国際法や同国が国連で批准した条約や憲章よりも、「日本攻撃」の正当性の方が上位に位置している状態を生んでいて、これは極めて未成熟な社会だが、田舎の慣習法が憲法に優先する状態で有ることが認識されていない。
それゆえ自身の身内のスキャンダルを誤魔化そうとした李明博大統領の目論見は逆に「オリンピックに感情を持ち込んだ」としたとして、国際社会から非難される状態へと発展して行った。

韓国がこれまで国是として進めてきた事が、国際社会から批判される恐れが出てきたのであり、このことを李大統領は到底国民に説明しきれない。

そこでこうした韓国のこれまでの「非グローバル」な政策が国際社会から非難されないよう、また国民感情とグローバル意識が衝突しないように、「竹島問題」の激化を図り、国際社会の目をそらし、竹島領有権主張に絡むサッカー選手のメダル保留と言う、国際社会による韓国にとっては許し難い非正当性に対する国民感情も、併せて日本攻撃に向けさせる事で保身をはかったのである。

だがこの問題が長引くのはまずい、それに余り日本を攻撃すれば観光産業などにも影響が出かねない。
そこで強硬な日本攻撃の後は徐々に攻撃を控え、元に戻して行く傾向になっていく訳だ。
スキャンダルを払拭し、これで後に竹島問題が頭をもたげる度に「李明博」の名前が出てくる事になる。

危なく露出しそうになった韓国の「ローカル」な部分も国際社会にさらけ出さずに済んだし、オリンピック委員会の韓国サッカーチーム選手のメダル保留処分に対する韓国国内の憤りもごまかすことができた。

これが今回の「竹島問題」の正体である。
元々領土問題の解決は「武力」以外に解決のないものだ。
フォークランド紛争でイギリスの「マーガレット・サッチャー」首相が見せた態度以外に領土の確定は有り得ない。

だが第二次世界大戦終戦処理の過程で、戦勝国であるアメリカは竹島や尖閣諸島の領有権に関して曖昧な態度をし、それを現在まで継続している背景には、アジアに措ける日本の力の抑制に有り、このことを打開したければ日本は竹島に韓国人がいようといまいと、勧告を発した後空爆して領有する方法が一番近道になる。

そしてこれに苦しむのは韓国とも日本とも同盟関係に有るアメリカであり、日本が竹島や尖閣諸島での実効支配領有を目指すならこの覚悟がなければ黙っているしかないが、李明博韓国大統領のスキャンダル隠蔽工作と、どこかでグローバル化できない韓国国民のローカル感情、また実に後進国的な韓国の民族教育の問題に、一々真剣に取り合っているのでは覚悟が勿体ない。

日本は仮にも一時期世界経済を支配した事すら有る国家、成熟した国際社会の一員である事から、韓国国内の内政問題をすり替えようとする韓国の為政者の浅い知恵に真剣に反応し、韓国の内政問題を緩和する手助けをしているのでは情けない。
本当に力のある者はチンピラの挑発には乗らないものだ・・・。

これが私の所見だ、理解して頂けると有り難いが・・・。

「ボランティア」

「スモールワールド現象」の実験者、「6次の隔たり概念」の提唱者であるアメリカの心理学者「Stanley Milgram」(スタンレー・ミルグラム・1933年ー1984年)によれば、遠く離れた場所に居住する全く任意の、互いに面識のない2人が繋がる場合、その間に何人の人間を介せば2人が繋がるかと言う実験を行なった結果、2人から10人の仲介者が有れば全て繋がり、その80%程が5人前後の仲介者で繋がっていることが判明した。

つまりこの社会は意外に狭いのであり、例えばあなたが5、6人の知人を持っていれば、少なくともその国家内では全ての人と繋がる事ができると言う訳である。

この意味から一般的な概念で「社会人」と表現されるものの基準は、5人以上の知人や仲間を持っているか否かと言うことになるが、匿名性の高いネット社会ではこの原理より遥かに少ない数での連携が始まり、それは2人以上から可能になるが、実態は伴わない事になる。

そして人間と言う生物の本質は「感情」で有り、「合理的」または「合理性」の概念の本質は「幻想」で有る事から、基本的に政治や経済、社会と言ったものの原理は「人間関係」に有ると言っても過言ではない。

この点で言えば経済の本質の一つは、日本民話の「わらしべ長者」の原理の中に有って、即ち個人の財産、またはその財産を築くものは「人間関係の連鎖」と言う事ができ、その個人の集積が国家で有るなら、人間関係は個人に取っても財産であると同時に社会的な財産と言う事もできる。

この点でハーバード大学教授、政治学者の「Robert David Putnam」(ロバート・パットナム)が提唱した「social capital」(ソーシャル・キャピタル)理論は整合性を持つが、彼がアメリカとイタリアで採取したデータ解析によれば、他者との信頼関係が円滑で有る事、互恵的な範囲が広い事、対等で公正な市民参加の精神が蓄積されている社会ほど行政効率や信頼度が高い事が実証されはしたものの、考えてみれば少なくとも揉め事がない分、円滑に物事が動くのは当たり前と言えば当たり前の事である。

それゆえこうしたソーシャル・キャピタル理論を訳も分からず導入して行った日本などは、基本的にそれまで地域社会が持っていたソーシャル・キャピタル以上の「人間関係の良好さが持つ社会資本」を「ソーシャル・キャピタル」と言う資本主義的理想によって破壊して行った側面を持っているが、この原理は「ボランティア」と言ったものの底の浅い考え方でも同じことが言え、世界的に同じような失政傾向に有った1980年以降、この対応政策として国際社会風潮にもなった「シビルソサエティー」の考え方なども、その結果は市民、行政共々の「劣化」だった。

「civil society」(シビルソサエティー)の原理は「混乱の収拾」に有る。

即ち東欧に見られた革命の主導としての「労働運動」、或いはカトリック協会の動き、アメリカ都市部に措ける治安悪化に対応した、市民と言う、国家でもなければ市場でもない存在が公共性を構築する社会風潮は、1970年代まで理想とされた「福祉国家政策」と「市場万能主義」が招いた、大きな政府による財政赤字と貧富の格差を是正する特効薬のように扱われたが、今日の国際社会の現状はどうだろうか、基本的には市民の理想と経済は相反するものである事、政治は市民の欲望と国家の維持の調整に有ることを弁えていなかった国際社会は、理想と現実のギャップに更に信頼を失い、混乱と突き進んだのである。

ボランティアなどあらゆる市民活動、市民社会と言う考え方は「シビルソサエティー」の範囲と言うことができるが、基本的に劣化したものを更に始めから劣化状態に有る個人集積が参加しようと言う考え方は、唯ひたすら混乱に向かうだけである。

「volunteer」(ボランティア)の本来の意味は「volo」、つまりは「欲する」と言うラテン語の動詞であり、ここから派生した「voluntas」と言う名詞が語源となっていて、ピューリタン革命によって全土が混乱状態になった17世紀イギリスで、自分たちの町や村を自主防衛する「自警団への参加」がその原義である。

更にこれが18世紀になると、世界進出を始めた「大英帝国」が持つ植民地を守る為に展開された「志願兵」への志願精神を指すようになり、19世紀後半には「貧困問題と戦う為に自ら志願する者」と変遷して行ったが、その基本は戦いだった。

戦わざるを得ない状況で「必要」とされるものに対する自主参加だった訳である。

ゆえ「シビルソサエティー」や「ボランティア」と言うものは、混乱や非常事態に対応するものであり、初めからそれを社会財産と考える事はできないのであり、社会システムが正常に機能している「場」では必要がない事を理解しなかった事に、今日国際社会や日本社会の深い錯誤が有る。

「自主参加」「欲する」をキーワードに考えるなら、今日日本社会が進めているNPOなどの政策は「行政」や「官」が許認可し、それを推進している点、また「欲する」と言う目的、「戦う」或いは「守る」と言う観点から大きく外れるものであり、平時には「ボランティア」も「シビルソサエティー」も無用の長物以外の何ものでもない。

現在日本で「シビルソサエティー」や「ボランティア」が必要な地域は東北であり、しかも自主参加と言う意味では、地元の人がまず立ち上がらねばならず、これ以外にボランティアを名乗る者は「市民錯誤」によってその地域や、地域が持つ文化、経済を破壊する者としかならない。

市民は「知る事」であり、何も知らない市民が必要も無く組織維持の為に、或いは自分の感傷の為に活動している責任のないボランティアは国家の不利益であり、行政や国家もまた市民参加を謳い、自らの責任を分散し、本来の職務を「アウト・ソーシング」(行政権を外部化)することは「集中」を「分散」に向かわせる事であり、これは基本的に「破滅」や「崩壊」へと向かう道で有ることを認識する必要が有る。

「ボランティア」や「シビルソサエティー」は確かにある種の国民的財産では有る。

だがそれは非常時、国民が持つ最後の力であり、これを国家予算に計上するような欧米の考え方では、日本が持っている本当の国民的財産を失う事になる。



「正体不明の浮遊物」

「AFP通信」(L Agence France-Presse)8月13日11時54分配信、ニュージーランド沖の海上に浮かんでいる大量の軽石が発見された記事に関して、この怪現象と近似する現象は1928年、1960年にやはり同じような場所で、2回発生している事が記録に残っている。

2012年8月9日、ニュージーランド沖1000km付近の上空を飛んでいた同国空軍機は、太平洋上の海域で長さ460km、幅56kmに渡って海上を大量に漂流する軽石群を発見、すぐさま付近を航行中の海軍艦艇に連絡したが、同艦艇に乗り込んでいた科学者達はこの現象に関して、最近活動が活発化している海底火山、「Monowai」から噴出したものと見解し、現場を目撃した海軍士官の報告によれば、その軽石群は海面から50cmほど頭を出した状態で漂い、白く輝いて氷の柱のように見えたとしている。

一方1960年1月2日、ビトケルン島からニュージーランドに向かっていたイギリスの商船「コリンシック号」でも、やはり似たような海域で不思議な現象に遭遇していた。

最初に発見したのは甲板で作業していた乗員だったが、天気も良く乾いている甲板のあちこちで、不規則な形の濡れたシミのような跡が点在してるのを発見、思わず上から何か降っているのかと思って見上げたところ、何とそこには直径1mほどの綿飴のようなものが幾つも空中を漂い、それが延々と続いていたのだった。

そしてこの正体不明の浮遊物は長さ1500km、幅4~5kmに渡って続き、面白い事に舟の左半分には沢山浮いているのに、右側半分には全く浮遊していなかった。

この現象はニュージーランド沖250km付近まで続き、浮遊物は絹のように滑らかな表面で、船に落下すると溶け、粘った水のようになっていた。

更にこの現象に関して、当時のドミニオン博物館、生物学者「J・C・ヤルドーイン博士」並びに地質学協会「G・L・シャウ博士」は、海底火山噴火によって発生した軽石の一種だろうと見解していて、当時「コリンシック号」の船長だった「A・C・ジェームズ」は、やはり自身がまだ見習い航海士だった1928年、大きな地震が発生した直後、同じような浮遊物が沢山浮かんでいる光景を目にした事を記している。

この事からニュージーランド沖の特定の海域では海底火山噴火によって噴出された軽石が、或る時は海水と何らかの化学変化を起こし、それによって噴出された軽石が空中を沢山浮遊するケースと、同じ火山噴火でも海水よりは比重の軽い軽石として、海に浮かぶパターンがあることが理解できる。

だが問題はこうした現象が今回のニュージーランド空軍の発表で3回目になるにも拘らず、どの現象も一致点が少ない事だ。
1928年、「A・C・ジェームズ船長」が見た空中を浮遊する物質は「汚い雲」と言う表現が正しいだろう、まるで白い雲が泥で汚れたような塊となって空中10m付近を漂い、それは長さ500km、幅も500km程の海域上中を漂っていた。

ところがこれが1960年の目撃例になると、それは乳白色に蜂蜜が混じったような色になり、その表面はまことに滑らかだった事が記録されていて、しかもその浮遊物が甲板などに落下すると次第に溶けて行ったとされ、今回のニュージーランド空軍の発表では海に浮かぶ大量の軽石、それは氷のように綺麗な色となっている。

おそらく現象として全く別のものでは無いだろう、しかしこうした現象にはもしかしたら同じケースと言うのが有り得ないのかも知れない、また或いは3つから4つのパターンが有って、そのパターンが1回ずつ現れた可能性も有るが、いずれにしても凡そ2万6000平方キロメートルから4万平方キロメートルに及ぶ海域で、沢山の軽石が海に浮かぶ現象や、その10mほど上空を1m程の綿のような物質が大量に漂う現象は有り得る事が確定し、原因は何らかの形で海底火山に求められる事が推測できる事になった。

1960年の事例までは、この現象は「怪現象」だった。
全く想像も付かない現象で、当時海底火山噴火に伴う軽石の浮遊と言う説も、「A・C・ジェームス船長」は信じていなかった。
だが私はどこかでとても今日は嬉しい。
今は役に立たなくても50年後、役に立つ事も有ると言う事だ。

「A・C・ジェームス船長」の1928年の記録が有り、1960年の記録に繋がり、そして2012年8月には私の中でしっかり怪現象が繋がり、もはや「怪現象」ではなく、物理的に有り得る現象となった。
記録を取ることの重要性、その素晴らしさを身に沁みて理解する事ができた。

その当時は人から笑われ、何の価値も無い話と思われる事でも、いつか数十年後にはそれを求める者が出て来る。
いつか自分が残した記録の価値を感動の涙を以て判ってくれる者が出てくる。
この事の嬉しさは他の何にも例えようが無く、こうした地道な作業がいつか科学でも解明できない現象を、太陽の下にさらけ出してくれる日が来ることを信じることができる。

今日ニュージーランド沖で発生する現象を解明してくれたのは「A・C・ジェームズ船長」であり、「J・C・ヤルドーイン博士」、「G・L・シャウ博士」と言う事ができる。
一度もお会いした事は無いが、私は彼等に敬意を表すと共に、親愛なるものを感じている。

そしていつか自分の記録もそうした日が来る事を願い、怪現象の記録を続けて行きたいと思う・・・。








「第一回帝国議会」

日本に措ける一番最初の国会、議会が成立したのは1890年(明治23年)11月29日の事だった。

前年の1889年(明治22年)、「衆議院議員選挙法」が発布され、日本初の衆議院選挙は1890年7月1日に行われ、同年11月29日、帝国議会議事堂で開院式を迎えたのである。

だがこの帝国議会議事堂、実は1886年から建設に着手していたものの、第一回の帝国議会開会に間に合わず、日比谷に建設された仮の議事堂で第一回の帝国議会が開会されたのであり、ついでにこの仮議事堂は2ヵ月後の1891年1月、火事によって焼失してしまった。

この時の議員定数は皇族、華族から選出される「貴族院議員」が252名、選挙によって国民から選出される「衆議院議員」が300名だったが、全国会議員の平均年齢は42歳、この年齢が若いかそうでは無いかは微妙なところだが、当時の日本人男子の平均寿命が53歳前後で有る事を鑑みるなら、その年齢は決して若いとは言えないかも知れない。

ちなみにこの第一回の議会に初登院した衆議院議員の一人に岡山県選出の「犬養毅」、当時35歳、三重県選出の「尾崎行雄」、当時32歳などの姿が見えるが、この時の衆議院では現在とは違って、政党や所属会派別に固まった席順とはなっておらず、選出地域別に座席が割り振られていた。

そして当時衆議院議員に立候補できる「被選挙権」は直接国税を15円以上納付している男子に限られ、これはどのくらいの金額かと言うと、当時の大工の日当が65銭前後だから、現在で有れば46万円の固定資産税を納付していれば可能と言う事になるが、そもそも大工工賃が相対的に現在の職業別賃金比率よりも低いことから、現実には200万円の固定資産税を払っている男性しか「被選挙権」が無かったと考えた方が良いだろう。

この為1882年にルソーの「社会契約論」を漢文訳し、当時の自由民権運動の中心的人物として有名な、大阪府選出「中江兆民」(なかえ・ちょうみん)などは、「被選挙権」の納税額規定をクリアできず、仕方なく地主である知人に頼み、その財産の所有者名義人となって、納税規定をかろうじてクリアし、衆議院議員選挙に出馬していた。

それゆえ中江兆民の質素倹約ぶりはつとに有名で、当時の衆議院議員は弁当代「35銭」を支払わなければならなかった事から、彼はこれを節約し、いつも国会内での食事は持参した握り飯を食べていた。

またこうして「被選挙権」に厳しい制限が有った初期の衆議院議員選挙法は、選挙権そのものにも厳しい制限が有り、こちらも直接国税納付額15円以上を納税する25歳以上の男子と定められていた為、有権者となった者は約45万人、当時の日本の人口は約4090万人だから、全人口の内選挙権を有する者は1・1%程だったと言う事になろうか・・・。
その大部分は地主で有ったようだ。

従ってこの場合首都圏や都会程、全人口に対する有権者も被選挙権者も少なくなる傾向に有り、1票の重みには膨大な格差が生じる事になった。

京都1区選出の「浜岡光哲」と言う衆議院議員は、たった27票で衆議院議員に当選し、最高得票の「松田正久」(佐賀1区選出)が4548票だから、「松田正久」は「浜岡光哲」の168倍以上の得票で当選を勝ち得ている事になり、この時の投票率は凡そ94%だった。

それに第一回の衆議院議員選挙はとても窮屈な選挙で、投票所には警察官と地元有力者が立ち会い、投票に来た有権者は投票用紙に自分の氏名、住所を記載し、押印しなければならなかった事から、投票者が誰に投票したかが明確に判明する選挙で、ここで立ち会っている者が如何なる身分かと言えば、例えば前出の佐賀1区選出「松田正久」は男爵であり、この人物の立ち会い人と言うことだ・・・。

こうして開院した第一回帝国議会、その内衆議院は政府側に組する「吏党」と反政府的立場の「民党」に分かれていたが、「吏党」には「大成会」79名、「国民自由党」5名が在籍し、民党側には「立憲自由党」130名、「立憲改進党」41名が所属し、「無所属」は45名だった事から、圧倒的に反政府側の議員が多かった。

ゆえ、こうした時期の議会は軍備拡大、租税引き上げを唱える「吏党」対、軍備縮小、租税引き下げを主張する「民党」との対決姿勢が鮮明になっていたのであり、この攻防の主たる議論は「軍備」を巡る予算編成についてだったが、これが第5回議会(1893年)くらいになると「不平等条約改正」を巡る議論となって行ったのである。

35銭の弁当代を払って、それが惜しい者は握り飯を持参して臨んだ国会、そして議論は軍備拡張に対する議論、或いは不平等条約改正に関する議論だった訳だ・・・。

ペラペラと責任の無い議論をし、衆議院議員を生活手段としてやっているような、全くの自己保身、餓鬼のような現代の衆議院議員達・・・。

中江兆民と同じように、やはり財産が無く知人の財産名義人に加えてもらって、やっと衆議院議員になった「植木枝盛」(うえき・えもり)は、1888年、第一回の議会が開院される3年前の日記にこう記している。

「昨夜、予(自分)は国会々議に臨席す事を夢む・・・」

彼の政治に対する情熱、その熱い思いが伝わって来る一言である。
民主党、自民党、公明党、その他の野党も今一度握り飯を持参してでも議論を尽くそうとした、彼等第一回選出の衆議院議員達の精神に思いをはせ、そして深く恥じるが良い。

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Author:old passion
この世に余り例のない出来事、事件、または失われつつ有る文化伝承を記録して行けたらと思います。

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「保勘平宏観地震予測資料編纂室」
「The Times of Reditus」

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