「ユダヤ経済とラテン系経済」

広く知られた事では有るが、「FRB」(アメリカ連邦準備制度)、日本の日本銀行に相当し、日本銀行より大きな権限を持つこの組織のトップ「連邦準備制度議長」は、歴代ユダヤ系が踏襲し、議長、副議長を含む7名の理事も殆どがユダヤ系、或いはその家系に準ずる家柄のメンバーで構成されてきた。

現在の議長はユダヤ系の「ジャネット・イエレン」だが、その以前の「ベン・バーナンキ」もユダヤ系、現在FRB副議長の地位にある「スタンレー・フィッシャー」などは合衆国とイスラエルの二重国籍を持ち、現行FRBでは本来7名存在する理事の内1つは空席になっているが、「ジャネット・イエレン」を始め6名の理事の内4名は明確にユダヤ家系であり、残るメンバー2名もその系列に準ずる。

つまりアメリカの中央銀行はユダヤに掌握されているのであり、この連邦準備制度議長の権限はアメリカ合衆国大統領の次にアメリカで大きな権限である。
世界基軸通貨USドルは基本的に親イスラエルである理由はここに在り、それゆえ世界経済はユダヤが握っていると揶揄される訳である。

このアメリカ連邦準備制度の理事の1人である「サラ・ブルーム・ラスキン」は先頃、非公式ながら日本の通貨「円」に付いての発言をしていて、ここではアメリカ経済を考える時、どこまで円安を容認できるかと言う点で、一定のバランスが発生すると言うような事を言っていた。

つまり、FRBは日本が現在進めている金融緩和政策がいずれ限界を迎えると考えているようで、具体的な数値は示されていないが1ドル126円、127円くらいから円安は進まず、もしこれ以上円安が進んだ場合、円はコントロールを失う可能性が有ると考えられているようである。

と言う事は実際に円安が進んだ場合、アメリカは1ドル126円前後になれば、日本の金融緩和を容認できないと言う事であり、日本銀行の一つの限界点はこの1ドル126円と言うラインだと考えて良く、しかも例えば現状の株式市場と一般消費経済の乖離現象が続く場合、1ドル126円の段階でこれらが一致させられる、清算されると言う事になる。

FRBは潜在的に日本の安倍政権の経済政策を「賭け」だと言い続けてきた。
「かつて無い試みだ」と言う発言の裏には、この政策は政策ではなく、運頼みの部分が存在する事を示していて、しかも日本の運を決定するのはアメリカだと言う意味を持っていた。

日本経済は世界的緊急事態には弱い。
この為日本の大幅な金融緩和政策も国際情勢の不透明感によって、一定の効果しか得られない事は解っていた。

事実中東情勢の悪化とロシア経済の破綻は昨年から予想された事態だったが、こうした中でそれまでオイルマネーに向かっていた世界資本は、国民を担保に取っている日本の「円」をこれまでも避難場所にしてきた経緯を考えるなら、日本政府の金融緩和政策は国際情勢を超えて効果を発揮する事は出来ない。

FRBが考えるように、日本の金融緩和は国際情勢の悪化、オイルマネーが行き先を失った状態によって緩和される。
日本がどれだけ紙幣を印刷しようが、その効果は始めからブレーキがかかる事は予想されていた。

こうしたブレーキがかかった状態での限界点が1ドル126円前後な訳であり、もし仮に1ドル126円の状態で国際情勢の悪化が改善に向かうと、日本の円は暴落する。
それにいくらアメリカ経済が堅調だと言っても、円安に対するアメリカドルの限界点も存在し、これが1ドル126円を挟んだところだと言う事である。

またこれも非公式だが、前のFRB議長ベン・バーナンキは面白い事を言っていた。
「統制の取れた混乱と言うものが有り、この統制とは量と期限である」

アメリカの金融緩和は時限がほぼ決められて、それに向かって金融緩和が為されてきたが、これが可能なのは直接税の税収が大きいアメリカの税制だからこそで、2%と言う数値目的が出されたものの、間接税制主体になっている日本の税制では、非生産性インフレーションが発生し、この為にデフレーションとインフレーションが混在し、政府政策がインフレーション、実体経済がデフレーションと言う矛盾を生み、それが実体経済の落ち込みと株価高騰と言う乖離経済を生じせしめる。

日本人は欧米と言う概念からも解るように、アメリカとヨーロッパを同じものと考えているかも知れないが、実は経済概念は全く異なる。

参加国の数の理論でヨーロッパが優勢の国際通貨基金「IMF」が日本に求めている経済改革の要旨は消費税の増税であり、これはヨーロッパ一般的な考え方だが、FRBなどに見るアメリカの考え方は「財政支出」の抑制である。

承認が得られなければ政府機関ですら、予算が貰えず閉鎖される厳しさはユダヤ経済概念に起因し、ヨーロッパでもドイツは第二次世界大戦以前からユダヤ資本概念が発達していた。
それゆえ幾度か経済危機に陥っても、財政の健全化が可能だったが、他のヨーロッパ経済は基本的に「ラテン系」であり、考え方は「消費税」と言う事になる。

日本経済は太平洋戦争後アメリカ経済、直接税制を基盤とした思想が有ったが、現在の状況を鑑みるに、どうもヨーロッパ型になってしまっていて、そのヨーロッパ経済は破綻寸前である。

国際社会は日本の現政府の経済政策を失敗したものとして織り込み始めている。
FRBの非公式発言は日本の円安限界を日本政府が決められない事、そしてそこを無理に超えようすれば破綻するものとして見ている。

ロシアの通貨ルーブルは石油市場の低迷から暴落し始めているが、日本の円も3年で50%も安くなっているのであり、これを暴落と呼ばないのは日本銀行や日本政府の政策だと言う信頼によって、暴落と言う表現と政策と言う表現に分岐しているだけである。

FRBが言う財政支出の抑制も言葉だけに終わり、IMFが求めていた消費税増税も先送りされた今日、制度上解散総選挙の勝利によって国民の信任を得たと称する政府の政策は、事実上統制の無い混乱、唯の混乱に突入する確率が極めて高くなった。

国内最大の企業であるトヨタの利益主体は為替で円が膨らんだものであり、市場販売台数は減少傾向に有り、なおかつリコールに次ぐリコールで、円安によって売り上げ利益が伸びているわけではない。

日本経済は一つが狂うと全てが地の底に叩きつけられる危機的な状況に有り、既に何かが狂い始めている。


1年間、記事を読んで頂いた方に、深く、深く御礼を申し上げます。
政府がどうであろうと、日本経済が破綻しようと、自分達が生きていかねばならない現実は変わりません。
そしてそうした一人一人の切実な現実こそがこの世と言うものかも知れません。

どうぞお元気にて、良い新年をお迎えください。
2014年は、この記事が最終記事になります。








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「夜汽車」



千住明 ~ 日本 映像の20世紀テーマ・・・・・・

一時期東京の商社に勤務していた私は、母が病との事から故郷に帰る事を決め、そして電車を乗り継ぎながら家を目指したが、金沢の駅に着いたのは夜の8時過ぎ、能登行きの最終に乗り込んだ時は既に9時を過ぎていた。

車内は夏だった事もあり比較的混んでいたが、その中で座れる席を探しながら歩いていた私は、少し前の方に4人向かい合わせの席に一人しか座っていない様子のところを見つけ、そこに辿り着くと荷物棚に荷物を乗せたが、その時初めてこのボックスに何故一人しか座っていなかったかを知る事になる。

その4人席で一人だけ座っていたのは眉毛が既に刺青のヤクザ、しかもどうみても下っ端のチンピラ風の男だったのである。
一瞬「しまった」と思ったが、しかしこの場面で露骨に立ち去ると逆にインネンを付けられるかも知れない、そう思った私は彼に「同席しても宜しいですか」と尋ねたが、彼は「ああ・・・」と答えた。

私は席に付くと、彼に目を合わせないように途中で買った本、「孔子」を読み始めたが、暫くしてその向かいに座っている男が私に話しかけてきた。

「あんた、いい度胸だな、俺を見ても顔色一つ変えなかった」
「仕事は何をしてるんだ」
男は、少しはにかんだように私を見て、煙草をふかした。

「○○に務めていましたが、辞めて故郷に帰るところです」
「そうか、○○に務めてたのならこの世の地獄も見たってところか、道理で普通とは違うと思った」
「私は普通ではないですか」
「ああ、大体普通は俺を見たら避けて行く、でもあんたは全く表情が変わらなかった」

「命を落とすときは逃げても逃げなくても同じですからね・・・」
「なるほどな・・・」
「故郷に帰って何をするんだ」
「小さくても自分の事業を起こそうかと思っています」
「そうか、もし手形の不渡りでも有ったら、持ってくれば何とかするぞ」
「まだ、何も決まっていないので先の事は解りませんが、その時は宜しくお願いします」

男は私に気を許したのか段々と言葉が多くなり、私は結局彼に逆らわないようにしていただけなのだが、やがて上機嫌になった男はガムをくれ、兄貴から貰ったと言う時計や、しまいには背中の刺青まで見せてくれ、私はそれを「凄いですね」「痛くは無かったですか」と言いながら見せてもらっていた。

金沢から私の故郷までは10を越える駅が有る。
男は金沢から6つ目くらいの駅で降りていったが、「今付き合っている女をクラブで働かせて金を作り、俺もいつかは自分の組を持つ、あんたはきっと社長になれる、俺にはわかる」
降りる駅が近付いてきたのか席を立つ男は私にそう言った。

「あんた、名前は・・・」
「○○だ、あんたは?」
「○○です。お互い生きていて、どこかで出会ったら今度は一緒に酒でも呑みましょう」
「ああ、そん時はあんたは社長、俺は組長だな」

彼は笑って手を上げると乗降口へと去って行った。
「死ぬなよ・・・」
私は彼の後姿を目で追いながら、そう思っていた。

彼がいなくなったおかげで私は少し緊張が解けたが、同時に4人席に自分一人になり、辺りを見回すといつの間にかその一両の列車に乗っている客は自分を含めても10人程になっていた。
窓越しの闇の中に小さな灯りがぽつん、ぽつんと点在し、それらがゆっくり過ぎ去っていく景色を眺めながら、私は妙に心がざわめいていた。

「あの男と知り合いですか・・・」
そんな私のざわめきを断ち切ったのはこの列車の車掌だった。
「いえ、たまたま同席しただけですが・・・」

そう答える私に、やはりさっきの男や私と同年代だろうか、26、7歳くらいの若い車掌は、「何かトラブルになっていないかと心配していました」と申し訳なさそうに頷くと、通路を挟んだ向かいの席に座った。

「あの男は私の後輩で、こうして時々この電車に乗るのですが、もし不快な事が有ったとしたら許してやってください」
「いえ、とんでもない、彼は何も不快な事はしていません」
私は車掌にそう言うと、車掌は「あれは悪い奴ではないんですが、むしろ人が良すぎてあんな事になってしまいました」
「どうか、許してやってください」
そう言って、また帽子を被り、席を立って行った・・・。

金沢の最終便は家の近くの駅までは運行していない。
途中の駅が終点だったが、ここから私の家までは50km以上の距離が有り、すでに11時過ぎになっていてはバスもタクシーもない。

私は仕方なく、この50kmの道のりを荷物を担いで歩く事にしたが、満天の夜空で、星の煌きがまるで全て自分の為に輝いているかのように思えた。

そして私はそうした星の煌きに力を得て、夜道を黙々と歩き始めたが、10kmほど歩いただろうか、一台の車が私の前に停まり、中から運転手が私の町の一つ手前の町まで行くんだが、乗って行かないかと声をかけてくれた。

「こんな夜更けに荷物を持って歩いているなど、もしかしたら犯罪者かと思ったが、顔を見ればそうは見えなかった、何故こんな時間に歩いている」
運転手は私に尋ね、私はこれまでの事情を説明したが、「あんた、50kmも夜中に歩くつもりだったのか」と呆れたように私を見て、「これはとんだ豪傑を乗せたものだ」
「この町にもあんたみたいな人がいたんだな・・・」と言うと、名詞をくれて自宅まで送ってくれたのだった。

彼は隣町の役場の職員だった事から、翌々日私は菓子箱を持ってお礼に行ったが、そこでも「もし困った事が有ったらいつでも相談してくれ」と彼は笑っていた。

今でも夜、星を眺めているとあの日の事が鮮明に蘇って来る。
私は夜道を歩きながら、今この瞬間、私に出来ないことは何一つ無い、そんな気持ちに包まれていた。
根拠も無く、でも世界の全てが確かに自分に向かって動いている、そんな事が信じられた時だった。

皆元気でやっているだろうか・・・。

私はあなた方の期待にはまだ応えられていないが、それでもあの日の星の煌きは今も自身の心に内に、時々弱くなりながらも輝き続けている・・・。











「自分の鞘」



Butterfly(バタフライ) - 木村カエラ・・・・・・

武術、書、囲碁将棋の世界も同じかも知れないが、そこで与えられている「段位」の中で、現実的に一番力の有る段位は三段から五段と言われていて、これより上の段位は功績段位の意味合いが強いが、もしかしたら既に闘わずして勝つ人、闘わずして勝てる人という意味も有るのかも知れない。

既に亡くなられて久しいが、私の所から年に1、2回茶道具を買ってくれていた男性がいて、彼は合気道七段、しかも私よりは40歳以上も年長の人だったが、一度だけ家を訪ねてくれた事が有った。

そのおり、おそらく私の仕事を気遣ってだと思うが、こんな話しをしてくれた事を憶えている。
「刀以上に難しいのが鞘(さや)だ・・・・」
「刀に過ぎると愚かになり、刀に及ばないと卑しくなる」
「良い刀以上に良い鞘を捜すのは大変なんだ・・・」

ちょうど秋の稲刈りが終わった10月中旬の頃だっただろうか、そうした時期を選ぶ事も然ることながら、わざわざ京都から来ていながら、その日はまことに良い天気で暖かく、彼は家には上がろうとせず、「外で話しませんか」と言うと、近くの土手に腰を降ろしたのだった。

私はそこへ茶と菓子を運び、彼方まで稲が刈り取られた田が続く景色、あらゆる悲しみや苦難すらも何も無かったかのような穏やかな日差しの中で、おそらく半分以上沈黙だったかも知れず、また何を話したのかも良く憶えていないが、ただ座っていた・・・・。

だがそこへ家で飼っていた猫が私たちの姿を見つけ近付いて来たかと思うと、私と彼を暫く見比べるようにしていたが、やがてすごすごと彼の膝の上に上がり始めたのだった。
私は思わず猫を制止しようとしたが、彼はその私の出した手に、目で「いいんだよ」と言うと、猫を膝に上げ頭を撫でた。

「君も忙しい暮らしを送っているんだな」
彼は私を見て微笑んだが、そうだ、その通りだった。
猫は何時も私の膝には乗ってこない。

何故ならせっかく膝に乗っても、すぐに立ち上がらなければならない事が多い為で、猫は何時も私の顔色を伺いつつも、私から抱き寄せない限り膝に乗る事は無かったのである。

刀の鞘は、余り光沢があり過ぎると切れ味が良くても繊細な刀に同じで、そもそも余り光っていたのでは鞘に刀の禍々しさが出てしまう。
また過度に装飾の多いものは風の逆らいを受け、流れを乱す。

一方刀に比して貧相な鞘は人の心のずるさ、心の卑しさが出る。
華美なものは自身の傲慢さを持ち歩いているようなものであり、光沢の鋭いものは禍々しさを持ち歩き、中のものに比して貧しいものは心の醜さを持ち歩いている。

そしてこれは鞘に限らず器の全てに同じことが言え、人も同じかも知れない。
自分を大きく見せようとする事は愚かだが、それを極端に小さく貧しく見せる事の卑屈さもまた、大きく見せることの傲慢さに同じで、卑屈と傲慢とはまさに表裏一体のものかも知れない・・・。

彼は京都から来てたった1時間、近くの土手に座って景色を眺め、土産の生八橋(なま・やつはし)を置いて帰っていった。
最後に良い鞘がないから、いつか良い鞘を作ってくれと言っていたのだが、それから数年後、結局私は良い鞘を作る事も出来ないまま、彼は帰らぬ人になってしまった。

私は今でも人の家を訪ねるとき、天気が良い日には彼の真似をして「外で話しませんか」と言う事にしている。
最大の敬意はそれを侵さない事であり、家が有ってもそれが人のものなら出来るだけこれを使わず、一番心地良ければ外を、天を使う。

先生、私はあなたの鞘を作ることが出来なかったのみならず、情けない事に自分の鞘すら未だに作ることが出来ずにいます・・・・。








「本当のインフレーション」



Henry Purcell - Abdelazar Suite - Rondo・・・・・・

1973年、第4次中東戦争が勃発、同年10月にはOPEC(オペック・石油輸出国機構)が制裁措置としてイスラエルを支援する国家に対して石油の禁輸を決定、また石油の段階的減産を実施し、これに拠って世界経済は一挙に混乱し始めた。

日本は当時中東政策では中立的な立場だったが、アメリカの属国としてのイメージが強く、欧米と同程度のOPEC石油制裁を受け、これによって日本の石油関連製品は一挙に高騰し、スーパーでは翌日には値上がりしていく上に、1人1個しか売って貰えないトイレットペーパーを買う為に、売り場で主婦同士が喧嘩を始める騒動があちこちで発生していた。

また現在では高級紙300ページ以上を使って、1万から2万字の書籍と言う優雅なケースも存在するが、古紙の高騰から書籍は枚数が減少し、マンガの1コマが小さく印刷されたり、通常は1ページ400文字から500文字の書籍が、文字を小さくしてその倍の文字数を印刷したものが出てくるようになる。

日本経済はそれまで高度経済成長戦略により大幅な金融緩和政策の中に有り、ここで金融引き締めが遅れた結果、1974年の消費者物価指数は+23%と言う狂乱物価に突入していく。

この傾向はアメリカも同じで、やはりOPECの石油制裁を受けたアメリカでも狂乱インフレーションによって消費が停滞し、生活必需品の価格上昇率はうなぎ登りになりながら、非生活関連商品は売れ行きが減少する極めて深いデフレーション状態、「スタグレーション」状態に陥っていた。

これに関して2006年から14代の「FRB」、アメリカ連邦準備制度理事会議長を務めた「Benjamin Shalom Ben Bernanke」(ベンジャミン・シャローム・ベン・バーナンキ)は石油ショックの影響よりも、アメリカの金融引き締め策の遅れ、引き締めマインドを合衆国国民に想起させる動きをしなかった、FRBの政策に大因が有ると分析していた。

確かに日本もアメリカもそうだが、経済を拡大させる事に目を奪われ、とにかく紙幣を印刷し続ける状態が続き、これを急激に止めると経済が失速する恐れから、金融引き締め政策が大幅に遅れていたのであり、当時から1990年頃まで、世界経済はインフレ抑制に必至になっていたのである。

インフレーションは庶民に取って本当に辛い経済状態だった。

確かに給料は上がるが、それ以上に物価が高騰し、物の値段が下がる事など考えられない状態になり、支出の削減から必要以外の物は全く買わないようになって行った。

これがインフレーションである。

どうだろうか、今の状態と何が違うだろうか・・・。
賃金の上昇を除けば日本は全く同じ状態になってはいないだろうか。
1974年当時の政策スローガンは物価抑制、賃金上昇の抑制だったのである。

そしてインフレーション時には非生活関連物資のデフレーションが必ず発生し、そこから経済は収縮していくが、設備投資も抑制なら、市場の紙幣も減らさなければインフレーションは収まらない。

しかし紙幣の量は増やす時は簡単だが、減らす時は時間がかかり、ここから金融引き締めのタイミングがずれ、経済は一挙に収縮する。
バーナンキは日本のデフレーションに対して「インフレターゲット」と言う理論を展開したが、これがアベノミクスと言うふざけた経済政策の基本になっている。

リーマンショックでデフレーション経済に陥ったアメリカ経済は、確かにヘリコプターで金をばら撒けば解決するとしたバーナンキの「インフレターゲット論」で回復したかに見えたが、その後のアメリカ経済の回復は一進一退の展開で、更には国際紛争によって、アメリカの経済は濁流に浮かぶ木の葉の様相である事は何等変わっていない。

つまり世界経済は、どの国家もその国家だけの政策ではどうにもならない事が明白なのであり、そもそもインフレーションになればデフレーションも深くなり、デフレーションはある種インフレーション状態脱却が目指す目標値でも有る。

日本人は少しインフレーションの恐さを思い出した方が良いかも知れない。
インフレーションを目指すなど、本来民衆にとっては狂気の沙汰なのだが、経済再生こそが国民の幸福と言う風潮は民衆が民衆で有る事を放棄したも同然の考え方である。

1973年から1984年まで、民衆はインフレーションに苦しみ、自殺者や夜逃げが多発し、バブル経済と言うが、これの民衆的効果の期間は1995年頃から1989年の4年だけである。
しかもこうした期間で有っても民衆はそれほど優雅な暮らしを送れただろうか・・・。

実質デフレーション経済に陥って既に24年、家制度の一代とは25年を指すと言われているが、一人の人間が独立して主的収入を得る期間がこの25年と言う事であり、つまりデフレーションはもう人間の一代と同じ期間続いている事から、その前に存在したインフレーションの怖さが経済的思想の彼方に追いやられ、すっかり忘れられてしまっているのでは無いだろうか・・・。

デフレーションもインフレーションも経済用語だが、どちらかと言えば企業や経済統治者の考え方であり、このどちらでも民衆が苦しい事の現実は変わらない。
衆議院総選挙の候補者でインフレこそが経済再生、国民の幸福だと演説している者が存在するが、インフレが国民生活を向上させると言うのは間違いである。

インフレーションを望んでいるのは企業や政治家であり、国民はデフレーションもインフレーションも望んでいない。
家族が喧嘩せずに暮らせて、子供に充分な教育と栄養を与えられ、年寄りには生きていた事を後悔させない、そんな普通の事が普通に出来る社会を望むので有って、日に日に物価が上がる今の状態では、デフレーション状態の方がまだましだった。

1973年のオイルショックは第一次オイルショックと呼ばれるが、この時は中東諸国によって石油で経済が混乱に陥ったが、2014年ももう終わりを迎えようとする今日、日本にはもっと用意しておかなければならない事が有るのではないか・・・。

金が有ってもそれが作れなければパンは買えない・・・。
あらゆる輸入食料品が為替相場の円の下落にまぎれて、じりじりと自然発生的に価格上昇を始めているような気がしないだろうか・・・。

温暖化と寒冷化が激化し、地球のこれまでの緑の位置が異変を起こし始めている。

加えて中国や第三国の台頭と年々増え続ける地球の人口、その内第一次「食料ショック」と言う経済混乱により、嫌でもインフレーション、それも生死を賭けたインフレーションに突入するのではないか・・・。





「記憶の非連続性」

夫婦喧嘩の原因など、他者からすると些細な事に端を発している場合が多いが、ここではお互いの主張に付いて自己の主張こそが絶対で、相手の主張は間違っていると言う大前提の基に議論が為されている事になり、これは例えば「ああ言った」「こう言った」と言う過去の記憶に関して、自身の記憶こそが絶対で有ると思っている者同士のぶつかり合いになる。

だがこの場合、お互いの主張は相互に正確な過去の記憶ではなく、激情に駆られた今を基準に、今作られた過去の記憶なのである。

記憶と言うと過去の概念が強いかも知れないが、実は今思っている事も言語や視覚の観点からすると浅い過去なのであり、記憶と現状の前を行き来しながら作られているものと言う事ができ、厳密には未来の概念も記憶と今の状況、それに過去の経験から組み上げられた記憶の発展形と言えるかも知れない。

それゆえ記憶は、状況によって色んなものを引っ張ってきて今を解析しようとするが、その記憶は過去のリアルタイムに発生した現実とは必ず異なって概念されていて、冒頭の夫婦喧嘩もそうだが、過去の言葉を自分は正確に記憶しているように思うかも知れないが、もしかしたら接続詞が「しかし」だったものが、いつの間にか「しかも」に変換されているかも知れず、助動詞も違っていたかも知れない。

尚且つ言った方の言葉の記憶は浅いが、言われた方の記憶は意外に深い。
ここではその一つの言葉を巡る価値観や重要性の認識が同じフレームの中には入っていない。
そこで自身の記憶を疑う者は少ない為、言った言わないの対立が発生するのだが、その現実は確かに言っていて、しかも言われた方が記憶している言葉も間違っている。

人間は過去、現在、未来を連続性を持ったものとして概念しているが、これは基本的に全て「今」でしかなく、その今も認識した時点で過去になる。
言語にも同じことが言えるが、言葉を喋っている時、既に喋った事の記憶は時間経過と共にタイトルだけになり、少し前に喋った事と、現状、それから予測される自分の言葉を行き来しながら、言語は組み立てられる。

今喋っている言語は少し前の過去と、予測される未来が有って今と言う時間経過を止めずに動いているのであり、視覚も同じように少し前に見たものと、これから見ようとするものが存在して今見ているものが認識される。

過去が比較的安定した感覚で有るのは既に終わっているからであり、その記憶には各セクターから多くの情報が連結され、これをして確定的になっている。
が、しかしこれらはどこかに保管されているものがその都度出てくるのではなく、その瞬間に色んなものが組み合わされて作られている。

つまり記憶の構造はインターネットの光通信と良く似ているのであり、情報がケーブルを伝達し、それが逐次画像に変換される仕組みの三次元的複合形式のようなもので、
色んな要素がその都度集められ、その場に応じて記憶が構築される事から、我々が確定的に思っている過去の記憶は確定感覚を持ちながら、全く同じものが出てきている訳ではないのである。

厳密に言えば過去の記憶も、今と認識しているものも、未来と概念されているものも全く同じ感覚のものは無く、全く同じ記憶のものも存在しないので有る。

そして一般的にこうした記憶の連続性や整合性を我々は認識しているが、この認識は幻想で、記憶は基本的にその都度構成されるため連続性が無い事から、「Multiple personality Disorder」(多重人格)、或いは「Dissociative Identity Disorder)(解離性同一障害)は人間の基礎的な要素でも有る。

人間が持つ時間経過の整合性、過去、現在、未来の流れは社会的なものであり、この社会的要素が半ば本能などに近い部分でバイオプログラムされる事で人間の脳は構成され、社会的な契約や約束は時代に拠って変化する。

この社会的な部分に対する反応、考え方や行動がその時代に適合しなければ変わった人となり、最終的にこうした人はどうリアクションしたら良いかに迷い、少し早いか少し遅い行動になり、これが追い詰められると記憶がその都度ねじ曲げられてしまう事になる。

普段は温厚な人でも車を運転すれば暴走族並の人は沢山存在するが、これなども基本的には多重人格でありながら、一般社会には割りと多い事からから精神障害と概念されない。
しかし明確に記憶の非連続性、つまり幻想では有っても社会的な部分での記憶の連続性が途切れている状態、統合失調であり、このような要素は人間の基礎的なものである。

記憶と現実は表と裏の関係に有り、例えば現実が厳しいと記憶が歪められ、記憶が歪められるとその個人の現実社会が歪められる。
記憶が状況に応じて勝手に作られて行くのであり、多重人格や統合失調症の原因を幼少期の虐待、主に性的部分に求める欧米の精神・神経医学には大きな疑問が発生する。

成人男女の3歳から8歳くらいまでの記憶は通常でも明確ではない。
親の期待が大きく、その為に良い子でいなくてはならないとしたら、これも広義では虐待に概念されるとしたら、そこから逃れるために過去の記憶が歪められる事になり、その一番社会的整合性を持つ一般理論が性的虐待と言う安易な流れだけでは、いつまで経っても問題は解決しないかも知れない。

親と言う社会が歪んでくると、子供の脳を構成するバイオプログラムが歪み、その子供が大人になると社会を歪めていく。

こうした連鎖の一番の原因は「非耐性」であり、他者の自由を尊重しようとする概念を社会的自由とするなら、自己の欲求を達成する自由は抑制されるが、このバランスが崩れると自己の自由が大きくなり、この事が社会を歪め、結果として個人の自由も歪められるからかも知れない・・・・。

人間が聞いている声、景色や言語もそうだが、それは現実の事象が記憶を通って認識されているもので、記憶が歪められると実体から離れた声を聞き、現実には無い景色が見えた事になる。

赤い花を見ている時、脳は赤い花を見ている事を認識していない。
その瞬間、その花の形状、色彩に関するあらゆる記憶が集まり、「あっ、赤い花だ」と記憶される。
つまり我々が見ているもの、聞いている音、感じる感触、味覚も全て記憶だと言う事だ・・・。




プロフィール

old passion

Author:old passion
この世に余り例のない出来事、事件、または失われつつ有る文化伝承を記録して行けたらと思います。

[このサイトは以下の分科通信欄の機能を包括しています]
「保勘平宏観地震予測資料編纂室」
「The Times of Reditus」

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