「銃口の前の少女」



森高千里 雨 弾き語り・・・・・

第一次世界大戦に措ける設置型連射銃の命中精度の中で、動いている射撃的、つまり敵と言う人間に即時対応する能力は、熟練した射手で2秒、慣れていなければ4秒もかかった。

為に、少し離れた所を移動する敵を撃った時、同じコースを辿っても4人から6人が連射銃に被弾せず防御線を突破することができた。

しかしこれが第二次世界大戦後半になると、例えばアメリカ軍では射手の訓練も充実し、また連射式銃の精度も向上し、即事対応に要する時間は1秒から2秒になり、この点で言えば防御線を突破できる敵の数は1名ないしは2名までとなり、それ以後を連なる者は連射式銃の餌食になったのである。

そしてこれが現在に至ると、アメリカ海兵隊の通常兵器で既にオートマティック自動認識銃が一般的になっていて、ここでは兵士が操作しなくてもオートセンサー照準で、半径の範囲なら110m以内で動く者が在れば0・2秒で敵の如何を問わず蜂の巣状の穴が開く事になっている。

このように戦場では「速度」が要求され、その「速度」は驚くほどの数値を得るに至ったが、ではこうした中で識別と言う観点から見てみると、例えば海兵隊標準装備のオートマティック自動認識銃でも、設定によって照準内の射撃対象をどれだけでも認識できるが、戦場措ける敵の行動姿勢は低い体勢なら猫が歩いている高さから射撃対象にしなければならない。

それゆえこの設定は細かくやれば敵か味方か、大人か子供かまで認識できる精度を持ちながら、オートマティック認識に入った者は全て射殺する設定にせざるを得ないのであり、一方第一次世界大戦に措ける照準は人間が行っていた為、確かに即事対応能力は劣ったが、照準内の射撃対象確認とその判別はオートマティック自動認識連射銃に勝っていた。

すなわち不慮の事態で銃口の前に幼い少女が出現した場合、オートマティック認識は少女も蜂の巣にするが、第一次世界大戦では少女は蜂の巣にならなかった。
尤もこうした時代になれば、少女だからこちらにプラスティック爆弾が飛んで来ないと言う保障もなくなったが・・・。

さてこれは何の話だと思うだろうか・・・。
実は報道、マスメディアの話をしているのだが、速度とはその速度に対する精度が向上しても、もっと言えば速度が向上すればする程「認識」が低下すると言う事であり、速度と言う一点を観るなら既に新聞やテレビの役割は終わっている。

明治、大正時代に創刊された「新聞」は薩摩軍が手に入れた西洋式ガソリン銃であり、太平洋戦争後に普及してきたテレビは第二世界大戦中の設置型自動連射銃である。
これらはインターネット言うオートマティック自動認識銃と一緒に速度を争えば「レッドオーシャン」(熱熱い競合)となり、しかも勝ち目は無い。

またこの便利な道具を使えば、自身等が苦労して取材しなくても記事は書け、行政や政府に逆らわなければ記者発表で表面上の報道も可能になるだろう。
しかし、こうしていると、旧来のマスメディアはインターネット情報の海の中で、個人のブログにも及ばない浅いものとなり、しかもやがてはインターネットの海の中でそれが認識される機会すら失われる事になる。

だが、冒頭の連射式銃の話でも出てきたように、速度は認識を犠牲にする。
この点で言うならインターネットの情報、早い段階の情報は全て発信元が単体かそれに近い状態の「未確認情報」と同じになり、この未確認情報を元に、一瞬にして民衆と言う社会が動き始める、極めて危険な情緒不安定情報になって行くのである。

ここで新聞やテレビがこうした民衆と同じ媒体を使って記事を書いて行けば、新聞やテレビはその存在自体が必要ない状態になって行く。
更に言うなら自身らも情緒不安定情報拡散者となってしまうのである。

速度は速度に拠って倒され、これが連鎖する先には「速度」と言う価値観の混沌が待っている、既にその傾向は始まっている。

旧来のマスメディアは、太平洋戦争直後には「国民の知る権利」を拠り所としたが、国家権力が民主主義で国民に分散してしまった現在、マスメディアはこの分散して小さな破片となった「自由」と言う権利に対して「真実を知る権利」を行使しなければならない時代と言えるのではないか・・・。

すなわち速度はインターネットに任せて、自身等は出現してきた情報の精査、それを確認して国民にインターネットでは知り得なかった事実、真実を報道する事こそ使命であり、それこそが旧来のマスメディアが生き残る道ではないかと私は思う。

バブル経済崩壊以降、日本のメディアは報道を仕事にしてしまったが、最高裁判所が「国民の知る権利」を肯定している現実に鑑みるなら、報道は仕事ではなくて「使命」と言うことができる。

銃口の先に少女が出てきても、インターネットの情報はこれを躊躇なく射殺する。

それも少女が貧民街から食料を求めてやってきたか、或いは体に強力爆弾を巻きつけてやってきていたかに関係なく、姿形を残せないほどに銃弾を浴びせかけ、それが誤射であれば1日は「可愛そう」と言う意見が出て、テロなら「ひどい」と言う意見がやはり1日出て、後は情報の彼方に飛ばされる。

この少女の遺体を検証し、彼女がなぜそこに存在したか、どう言う一生だったかに光を当て、大衆にそれを通して時代の価値観を認識させる事ができるのは誰か、「速度」の奴隷となったインターネット情報にはできない。
射殺するまでに時間がかかるガソリン銃だからこそできるのであり、人の目が相手の表情を認識できる「人の操作」だからこそ、銃口の前に現れた少女の姿に躊躇できるのではないか・・・。

旧来のマスメディアはもう一度この事を良く考えるといい・・・・。





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「低気圧と地震の関係」



The Poseidon Adventure(1972) - The Morning After・・・・

大きな荷物を持った高齢の婦人が階段で立ち往生していたとしようか・・・・。
これを見ていた多くの人の中から、颯爽と若い男性が婦人の荷物を持って階段を上がり、婦人は大いに助かった・・・。

近頃あまり見かけなくなった光景では有るが、このケースで我々人間が見ているもの、真実と感じるものは現実が排除されているか、薄く概念されている。
つまり、青年が荷物を運んだ、その青年の「心」に真実を見ようとして前後の現実を薄く考えてしまうのである。

だが青年の「心」など本当は誰も解かりはしない。
もしかしたら多くの人が見ているので、虚栄心から荷物を運んだかも知れないし、これが博愛精神だったとしても、人間の心情と行動を「博愛」などと言う薄いもので測る事は困難と言うものだ。

結果として見ている人に措ける真実とは、その人の希望、その人の考え方でしかないが、これに真実を見ようとするのである。

しかし、真実にもっとも近い「現実」と言うものを考えた時、冒頭の話の中の現実とは困っている老人がいて、それを青年が助けたと言う事だけだ。
その間にある人間の心情は、真実から最も遠いところにあると言う事になる。

同様に自然現象に措ける人間の解析、原因の究明はこの予測不能の中、或いは意味の無いところに意味を求めているようなもので、大切な事は原因の「因」ではなく、「原」であり、「結果」である。

同じ「原」に拠って同じ「結果」が現れるなら、この両端に在るものこそが真実で、中間過程に在る「因」は常にカオス(混沌)であり、だが人間はこの両端に在る真実を繋げようとして自分が納得できる形の「因」、解析を科学に求めるが、ここでは神を信じるか科学を信じるかは全く同じ程度の意味しか持たない。

低気圧と地震に関して明確に「原」と「結果」が確認されている事例は2つ、その1つは大きな地震の場合は低気圧の効力を一時的に失効させることであり、低気圧が通過中でも震度5以上の地震の場合、その発生前後5分ほどは震源付近が大嵐でも一時的に晴天、若しくはこれに準ずる気象が出現する事である。

だが震度4以下の地震の場合には気象は変化しない。

この事例は比較的多く存在するが、もう一つの事例は1週間以内に同一地点を低気圧が3個以上通過した場合であり、このケースでは3つの低気圧の通過点が重なった地域を震源として、低気圧通過後の翌日から4日以内に震度5以上の地震が発生する事がある。

この後者の事例は以前の記事でも何度か書いた記憶があるが、気象庁の高田予報官(当時)が7時前の全国版天気予報で「原因は解かりませんが、こう言う事があります」と言う解説をしている。

この10日ほどで日本には台風7号から11号が接近、上陸し、現在は台風10号が南への進路を反転させ日本本土に接近する可能性が出てきたが、7号から11号までの台風の進路の中で少なくとも2つは関東方面から上陸し、北海道へ抜けた事を考えるなら、ここでもし台風10号が同じような進路を辿った場合、房総半島から東北太平洋側、そして北海道では短い期間で台風が3個通過する事になり、これらのどこかの地点では「低気圧と地震の関係」の後者の事例に合致する地域が出る可能性がある。

また現在北海道の西、中国大陸には偏西風がちぎれて回転運動をしている「寒気」の渦が在り、これは回転運動によって偏西風南限の風の流れに反撥することから、移動速度が遅い。
日本付近は冷たい渦と、台風10号の暖かい雲の渦に囲まれ、しかも冷たい渦の方が台風より遥かに大きい。

これも以前低気圧の記事で書いたと思うが、こうして近いところに2つの渦が存在する場合、この2つの渦の動きは混沌化する(藤原効果)。
尚且つ、寒気の渦は上空の高いところに存在し、台風の渦は高度が低い。
この事から日本付近は寒気と暖かい空気の平面的衝突と、上下垂直方向の衝突に拠る二重の寒暖空気の衝突に晒されることになる。

二重に手厚い雨雲の到来が本日から迫ってきているのであり、寒気の渦はおそらく9月1日、2日までは完全に抜けない可能性がある。
今後1週間近く日本は全体がゲリラ豪雨の中に入るようなものであり、水害、土砂崩れ、突風などに厳重な警戒と準備を必要とする。

そして台風10号が通過した後、房総半島、東北太平洋側、北海道で、もし台風の進路が3個重なった地域が出た場合、その地域は翌日から4日以内は震度5以上の地震の発生にも備える必要があるかも知れない。
最近台風が来てばっかりだったな・・・と思えた地域の人は更に警戒が必要となるかも知れない。

後もう一つ、統計上ではありますが、鳥取県沿岸地方でも大きな地震の可能性が有り、注意をして頂ければと思います。
いずれにせよ日本は今日、8月26日から今年最大級の災害に見舞われる可能性が高い。

くれぐれもお気を付けて、お過ごしください。





「夏の終わりに・・・」

今年も最後のツバメのヒナ達が巣立って行き、暫くは昼の間だけ少し顔を見せるが、それも後1、2日の事だろう。

窓を開けていると、彼らがまるで別れを告げるかのように、私の目の前数十センチのところまで飛んできて、そして私を見ている。
ヒナのときは、小さな巣からこぼれ落ちんばかりにせり出して私を見ていた彼らは、今は止まっている私を自身が自由に飛びながら見ている。

盛夏の頃より少しだけ角度が加わった光はどこか人を寂しくさせるが、空になってしまった多くのツバメの巣をを見ていると、ここに残っている者を待っているものは「死」であるのに対し、ここを巣立っていく者には「生」と「可能性」が与えられる事を思う。

おそらく人間も一つの安定した所に居ては、待っているものは「死」なのだろう。
辛く厳しくても、「今」を巣立って飛び立たねば、そのまま冬が来て死んでしまうのだろう・・・。

おかしなものだ、こうして傾いた日の光に在ると、なぜか遠い昔の一つの場面を思い出す。
それも感動的な話ではなく、ほんの些細な日常の一こまなのだが、何故か今も忘れられない。

出向で滋賀県に住んでいた時、当時はコンビニシステムが初期の大流行時代だったが、私と数人の会社の仲間も郊外のコンビニを良く利用し、そのいつも行き付けのコンビニには、たぶん当時高校生だったように見受けられたが、一人の女の子がアルバイトで働いていた。

そしてその女の子は、私の同僚で会社でもイケ面として人気が有ったSの事がどうやら好きだったようで、彼が顔を出すとまるで花が開いたような表情になっていくのが周囲にも判るくらいだった。

だが、肝心のSの態度は冷たかった。
その理由は簡単だ、その女の子はどちらかと言えば男顔、しかもゴッツイ感じがする顔をしていたからだが、私はいつもSと一緒にコンビニ行く度に、彼女に冷たいSの事を人間性が無いなと思っていた。

しかし一方で、もし今くだんの彼女から自分と付き合って欲しいと言われたら、私は「喜んで・・・」と言えるのかと問われたなら、たぶん駄目だっただろう事も思っていた。
女は顔ではないと言いながら、それは他人の場合はそうでも、自分はそれをできない。
しかし他人の事は責める・・・。

何故か解からないが、もう30年近くも経つのに、未だに私はこの事を思い出し、そして自身の中に現実と建前の調和が取れないまま、彼女は幸せに暮らしているだろうか、などと言う、自己擁護にも似た事を思ってしまう。

今までの経験から仕事や社会、あるいは政治や経済の事は少しわかって来た事もあるかも知れないが、もしかしたらこうして傾いた日の光の中で思いだして、しかも今もどうして良いか解からない事を、本当は先に学ぶべきだったやも知れない。

こうした事に答えを出せない私は、多分他の事でもどこかでは明確な答えなど出せてはいないだろう・・・・。



「天皇と臣民」



AI - Story・・・・・

会社を経営している人は理解できるかと思うが、社員は厚生年金に加入できても経営者はこれに加入できず、失業保険も労災の適用も無い。

また何かの集団、「会」などの主催者は参加者の自由平等、発言の自由などには配慮しなければならないが、自身の自由平等は「主催」している事実に拠って誰も担保する者が存在しない。

天皇と言うお立場を一般庶民である我々が理解する事は困難だが、我々が自身の範囲で理解するとしたら、まず冒頭のような事から理解するのが良いかと思う。
すなわちここでは会社を経営する者は社員に保証されている権利を享受する事は出来ず、「会の主催者」は自身の自由平等に関して、もっぱら主催するか否かの自由は選択できても、会の中での自身の自由平等を保障する者は誰もいないのである。

人権の定義は常に与えられる者の権利であり、それを与える者はこの権利を主張できない。
そもそも初めから与える者には権利が無いのであり、天皇は日本国民ではなく選挙権もなければ年金、社会保障もなく、発言の自由すらもない。

立場や状況に拠って右往左往する人権と言うものに対し、世界でも数少ない「完全な人権の外部者」なのであり、この事を戦後に改正された皇室典範などと言う、歴史の浅い成文法に拠って全て現すことは、初めから無理が有った。
天皇は初めから人の定義の中には収まらない存在なのである。

現在の天皇は統治者ではないが、日本人は何かで国家存亡の危機に立たされた時、必ず最後は天皇にすがる。
この意味では象徴天皇は日本人の心の統治者と言え、これが何を意味するかと言えば、現実社会を統治していようと、そうでは非ずしていようと同じ事と言える。

そしてこうした統治者が人として在ろうとする時、高い台の上で立つ事も出来ずに這いつくばった姿でしか存在できない。
言いたい事も言えず、天皇と言う地位はその上が無い事から地位そのものが無い事に同じで、支えている者が臣民である為、天意を「人」とするなら、臣民の意思とご自身の意思は同じで在らねばならない。

今般今上天皇のお言葉を拝し奉り、そのあまりに過酷な在り様に、思わず落涙を禁じ得ないものが有った。
私が知る範囲では、天皇が国事挨拶以外で臣民にお気持ちを発表した事例は2度しかないように思うが、八甲田山の雪中行軍の後に為されたのは明治天皇の「陳謝」であり、もう一つはポツダム宣言受諾に関する昭和天皇の「玉音放送」である。

そして臣民に天皇のお気持ちが発せられたと言う意味に限定するなら「玉音放送」が唯一のものだったが、今上天皇のお言葉は、まさに玉音放送と同等の重さを持つものではないかと思う。

また今上天皇のお言葉の中には、暗に「摂政」と言う代理を望んでおられない部分が感じられた。
我々庶民と言うものは心の賤しいもので、例えば葬儀や結婚式に家の当主ではなく代理の者が訪れた時、どこかで軽んじられたと思う事がしばしばであり、これが災害や危機に関する事になれば、更に国民に天皇のお気持ちは伝わりにくくなる。

生前退位と言うご意思の中には、摂政と言う中間統治者を置くことに拠る弊害を思われる部分が感じられ、また一向に進まぬ天皇継承権、男系以外の継承権を認めるか否かの議論に対する今上天皇の思いも感じられる。

皇室典範の改正は容易ではないが、まず生前退位のご希望を尊重し、現皇太子に皇位を継承して頂く道を臣民は急がねばならないのではないかと思う。
典範を改正せず摂政を設けたとしても、摂政はあくまでも代理であり、天皇と同じ意味を持たない。

そして現皇太子が天皇を継承した場合、皇太子を置くとすれば、皇室典範では秋篠宮が皇位継承第一位となるが、では現皇太子の姫宮のお立場はどうなるかと言う議論が必ず出て来る。
今上天皇はご自身が崩御されてからこの事で混乱する事もまた、御心配されたように思う。

お気持ちの中で、臣民に対し、おざなりになっている皇室の問題を議論する時間を、ご自身が崩御されるまでの時間をそれに充当するよう、お示しになったような気がする。

この天皇のお覚悟を、我々臣民は體(たい)すべきかも知れない・・・。

ちなみに臣民と言う表現は古いかも知れないが、「臣」は政府、「民」は我々民衆と言う意味で、これが適切と判断した為「臣民」と言う旧表現を用いた。

また體とは「体」の事だが「理解する」と言う意味より「わかる」と言った方が良いか、僅かばかり能動性の方向に意味が有り、範囲が広い為、私は好んでこの旧字体を用いた。












プロフィール

old passion

Author:old passion
この世に余り例のない出来事、事件、または失われつつ有る文化伝承を記録して行けたらと思います。

[このサイトは以下の分科通信欄の機能を包括しています]
「保勘平宏観地震予測資料編纂室」
「The Times of Reditus」

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