利・第八節「時の利」



私の住んでいる所では「カラス蛇」と言う蛇がいて、それは比較的あちこちで見かけるものだが、子供の頃、この蛇をからかうと頭をもたげて向かってくるので、良く遊び相手にしたものだった。

頭をコンと小突くと、先が2枚に割れた赤い舌を出して威嚇し、口を開けて向かってくるのだが、私にはこの蛇のスピードぐらいスローモーションのようなものだった。
もう一度頭を叩くように手を上のほうに持って行き、そこへ口を開けて威嚇してくるところを、すかさず顎のほうから人差し指ではじくと、降参とばかりにすごすご逃げて行ったものだった。

そしてこの「カラス蛇」が猛毒蛇の「ヤマカガシ」である事を知ったのは数年前の事だったが、それまで「カラス蛇」とは違う「ヤマカガシ」と言う蛇がいるものと思っていた私は、以降「カラス蛇」が恐くなった。

少し前、山際の田の3回目の畦草刈りをしていると、何やら美しい色のものが草の中から出てきて、それは見事なカラス蛇(ヤマカガシ)だったが、蛇腹を横に広げて体の幅を広くし、威嚇している姿はともかく、問題はその色だった。
何と綺麗なオレンジ色に縁はそれより濃い色のやはりオレンジ色、しかも全身がオレンジのグラデーションで出来ているカラス蛇だったのである。

大きさも太さも申し分なく本当に見事な風体で、緑の中にオレンジのグラデーションが神々しく感じた私は、静かにそれを観察していたが、向かってこない事が分かった蛇は、ゆっくりと方向を変え、山際の草むらの中に消えて行った。

恐らくアルビノ症候、色素異変なのだろうが、色素異変は一般的にどこかで不自然さを伴うが、例えばこれが長く存在していると、その期間に応じた自然との調和が発生し、全く初めて見る者でも、それを不自然と感じない場合がある。

くだんのカラス蛇は、そうした調和の取れた感じのものだったが、或いは山の神だったかも知れない・・・。

今年も沢山のツバメが仕事場の階下に巣をかけたが、奇妙な事に今年は2番、3番目のヒナが少なく、大方は1回だけヒナを孵すと皆いなくなってしまった。
それでもこの時期5つくらいの巣にはヒナがいて、親鳥たちが毎日朝早くから日が暮れるまで、一生懸命餌を運んでいる。

恒例ではあるが、こうしたヒナを狙ってやはりシマヘビもやってきて、私は既に2回ほどこの蛇を捕まえて近くの山に逃がした。
が、向こうも商買でやっている事、そんな簡単な事で諦めるはずも無い事は分かっていた。

1m50cmくらいの蛇だが、3回目に出会った時は階段付近にいて、そこから少し離れた天井近くに在る巣を狙っていたが、彼の長さでは恐らく届かない。

「お前ではあの巣は無理だ、諦めろ」、そう言って捕まえようとした時だった。
3回目ともなると学習した蛇は、するすると私の手を抜けて備え付けの棚の隙間に入って行って出て来なくなってしまった。
仕方ないので長期戦を覚悟した私は、蛇が油断して出てくるのを待ったが、1日経っても2日目も姿を現さない。
これはマズイ事になったと思ったが、後もう3日もすれば蛇が狙っていた巣のヒナたちは飛び立って行くだろう。

私はもう3日何とか守りきればツバメのヒナたちを空に帰すことが出来る。
蛇はその期間に何としてもヒナを狙う。
ツバメはもう3日ほど辛抱する。
この3者が誰も恨まず、一つの命も失わずに済むために必要な期間は3日だ・・・。

そして私は、こう言う事を期限の利益と思っている。

何も殺さずに済み、誰も恨む事無く終わる為の時間、または場所、気候、これらを時の利、地の利、天の利と、そう思っているかも知れない。


スポンサーサイト



「夏の日の夢語り」




社会と言うものを人間独自のもの、文明の為せるものと考えるのは、いささか過ぎたものの考え方かも知れない。

蟻には蟻の社会が有り、蜂には蜂の、魚には魚のそれが有り、草木にしてもそれが単体で存在し得ることは出来ない。
例え道に転がった石ころ一つにしても、それが存在する環境が有る以上、何某かの社会に属し、その中で周囲の影響を受けながら、或いは周囲に影響を与えながら存在している。

「昇」と言う文字は「日」に「升」だが、この始まりは草木の間から蒸気が立ち上る姿を現していて、後に櫓(やぐら)を上がる在り様を差した。
そして我々は草木の間から上がる蒸気を見ることは無く、櫓を上がり日輪を拝す。

恵みの雨と陽の光の恩恵を求め、それを天上に希う(こいねがう)が、恵みの雨は草木の間から天に上がって行く水蒸気に事の始まりが有り、一滴の水がやがて大河を為し大海を創り、天上に雷雲となって形を現し、雨は怒涛のように地上を流れ、人の生きる死ぬを定める。

生きている者の全てはこの小さな事の始まりと、それが集まって天上に現れた命を支配できる在り様の狭間に在って、結果である天上を見ることは有っても、草木の間から上がる蒸気を見る事をしない、出来ない。

草木は毎年同じところに同じように現れ、または存在し続けるが、去年と全く同じ場所に一部の狂いも無く同じものが存在できる事は無く、大木は生きていれば僅かずつでも枝葉を広げ、全く同じにしか見えなくても去年と同じと言う事は有り得ない。

社会もまた昨日と同じに見えながら、それは少しずつ変化を繰り返し、例えば2000年前と今とでは人心の大まかなところは変わらないように見えて、全く異なった様相を呈して行く。

それゆえ過去に記されたもの、過去の英知は大まかなところ、目に見える天上の雲の姿をして判じる事はできても、その始まりである蒸気の様が変化してくると、似たような雲であっても、それが以前と異なる事までは見えない。

水蒸気が集まって雲を作り、その雲から雷鳴が轟き、地上に降り注ぐ雨は地を削り、次の瞬間から蒸気は質、場所共々その発生が変化し雲を変え、この変化は延々繰り返され、こうした在り様は人の世もまた同じである。

社会もあらゆる事象も、その本質は常に「想定外」のものなのであり、この想定外を想定にするには草木の間から上がる蒸気を知らねば、いや感じなければ天上の事象はいつも脅威となり、この脅威に柵(さく)を設けて立ち向かえば、常に柵が壊される事を恐れなければならず、変化できない柵は年々変化してくる天上の事象に必ず打ち砕かれる。

恐れるなら草木の間に始まる蒸気から恐れなければ、恐れの本質は見えず、これを感じるは「普通」である事をして計ることが出来る。
鳥のさえずりを聞き野辺を眺め、或いは庭の草を眺めるも良い、そうして彼らが起こしている僅かな変化に耳を傾けるなら、そこから雲の変化を感じることが出来る。

これを柵や壁で防ごうと考えるなら、いつか自身がそれに拠って力を失い、雲の変化に拠る脅威を大きくしてしまう。
雨に歩けば傘が必要になり、この傘で如何なる雨もしのごうとするなら、傘は建物となり歩くを留めさせる。
壁や柵は歩みを留めさせ、これを頼れば人は外に出なくなり、動かなくなる。

一つところに留まるは危うきを避けたように見えながら、その実いつか変化して行く雲から延びる雷鳴の真っ只中を、追いかけたに等しくなる。

※昼休みに転寝を(うたたね)をしていたら、「昇」の中高門「なかだかもん・木櫓の真ん中が高くなっている門)の下から上がって行く水蒸気の夢をみて、そしてこの文章が浮かび上がってきた。

その意味は各々が感じた、それが将に正しいのだろうと思う・・・。




利・第七節「敵の扱い」

各人が100万円づつ所有し、腕力もほぼ同等の5人の男がいたとする。

この場合一人の男が傑出する為には、自分以外の男の誰かを殴って100万円を奪えばその一人は傑出し、奪われた男は全てを失い、残りの3人は以前と変化は無い。

しかし奪われてしまった男は困窮し、まず奪った男から取り返そうと考え、それが適わなければ残りの3人の誰かを殴って奪い、以前の状態を復活しようと考える。
ここに「乱」の始まりが在り、最初に奪われた男は勿論、奪われ無かった残りの3人も、いつ奪われるか分からない状態の先取防衛として残っている3人と、奪って200万円を種有している男から奪う事を考え、ここに完全な乱世が出現する。

1人が残り全てから奪う事を考えるのが第一段階となり、次に発生するのが「連合」、つまり1人なら勝てないが2人連携すれば残りの3人から全てを奪って山分けする事が考えられ、この場合は成功しても最終的には2人が争って残った1人が全てを手に入れる図式と、2人の連合に対して3人が連携して防御する図式が出現し、3人が2人から奪って山分け、その後2人対1人の分裂が起こり2人で1人を滅ぼし、最後は2人で争い1人が残る。

この形式は途中の裏切りや寝返り、その策謀を用いても基本的には同じ道を辿る。

だがここに別の既に結束が完了している5人のグループが侵攻して来た時、バラバラだった5人のグループは1人でも裏切るか、或いは殴られて奪われる者を出すと、自身ら全てが支配を受ける危険性に晒され、ここに独立して存在していた5人は、自身等が5人で一つだった事を認識する事になる。

統一国家の中期段階が現れてくる事になるが、ここでの統一とは他者を容認する事から始まり、5人が最初から争わねば得る安定に拠る生産性の向上性と言う「利」の存在に気付くのであり、こうした利に気付いた者は、例えば既に結束が為されている5人組みの侵攻者であれば既に獲得されていて、侵攻を受ける側は侵攻に拠ってこうした「利」の概念を獲得する。

ただし、ここで言うところの侵攻の初期は、それが自然か人かの区別は曖昧で、例えば大きな災害でも侵攻を受けた時に獲得する「利」と同じ概念を獲得する場合がある。

中国古代王朝「夏」の帝、「兎」の功績は武力に拠る支配ではなく、治水工事の業績が認められて成立した伝説に鑑みるなら、侵攻がもたらす「利」の概念は人的侵攻だけに留まらなかった事が伺える。

そして人的侵攻の始まりは「食べる事」、つまりは経済から発生し、それが思想に拠って増幅され、最後に武力を生じせしめるが、その始まりも経済と言う「利」に拠って生じた歪みでありながら、それが辿り着くべきところも統一に拠る安定がもたらす生産性の向上なのである。

それゆえ統一の概念は3つ存在し、経済、思想、武力に拠る支配が発生するが、経済に頼るものはやがて経済に、思想に頼る者は思想に拠って、武力に頼る者はその武力に拠って必ず統一の崩壊を迎える。

孔子の「礼」の始まりは上下関係に在り、親子、主従、力を予め認めた上での「礼」だが、「礼」の始まりは互いを認める事から始まり、この意味では侵攻などの「悪」からも「礼」が発生する事が説かれていない。

「力」がもたらすもの、「力の認識」に拠ってもたらさせる「礼」も存在する事を追加しておく必要が有る。

それと同時に「生産性の向上」と言う「利」の概念はまた、他者を殲滅する事で失う物の大きさを認識させ、ここから敗者や被征服者をどう扱うかと言う事に関し、「寛容」こそが「利」である事を認識させ、ここから欧米では民主主義と言われる他者の尊重、少数意見をどう大勢に組み込むかの概念の発生へと繋がっていく訳である。

だがこうして統一から得られた「寛容」はやがて必ず行き過ぎた状態になり、そこから統一は崩れ、初期の個人と言う小さな「利」に帰って行こうとする。

人の世は「利」の分散と集合と言う循環を繰り返しながら営まれている。


「注意警告灯」


2018年2月19日、11時15分、羽田発那覇行きの全日空469便が静岡県の上空7600mを運行中、左エンジンの不調を知らせる警告表示が点灯、機長は緊急事態を管制塔に通知し、同日11時45分に羽田空港に緊急着陸した。

2018年6月27日19時、羽田発鹿児島行き全日空629便が伊豆半島上空付近を運行中、突然機内の気圧が急激に低下した事を知らせる警告表示が点灯、客室には酸素マスクが下り、機長は飛行高度を下げて機体を運行し同日21時14分、関西空港へ緊急着陸した。

2018年6月30日21時、函館発羽田行き全日空558便で左エンジンの不調を知らせる警告表示灯が点灯、機長は緊急事態を管制塔に通知し、同日21時20分前後に羽田空港に緊急着陸した。
その後機体は綿密に調査されたが、機体の異常は認められなかった。

異常性癖犯罪が発生する以前、1年前ほどからそれに類似する小さな現象が発生してくる。
動機なき無差別残虐殺人などが発生する前には、付近で小動物、猫や犬、或いは鳥などが残虐な方法で殺されている案件が数件発生している場合が多い。

また政治の乱れの始まりは小さな嘘、ごまかしや言い逃れ、自己保身から始まり、これらが積み重なって蔓延すると政治は信頼を失い混乱し、国家は希望を失う。

始めは綺麗だった道に1個空き缶が置かれたままになると、やがてその道は空き缶だらけになるのだが、こうした現象は自己相似性を持っていて、その小さく輪郭がしっかりしていた事象が始まると、そこへ似た形のものが集まり、やがて小さかった輪郭のものは大きな輪郭となって出現してくる事になる。

それゆえ輪郭の小さな内に、その輪郭をしっかり把握して措かないと、やがて輪郭が大きくなった時、始めの輪郭が理解されていなかった部分に比例して不透明となり、何が起こってくるか予想が付かない状態になってしまう。

大きな航空機事故が発生する2年前後から小さなトラブル、或いは取るに足らないような小さな問題が数回発生し、その先に大事故が発生する傾向が有り、これは全日空も日航も、他世界の航空会社も同じ傾向を持つ。

小さなトラブルの原因は徹底的に究明し改善しておかないと、やがて先に行って考えもしなかった大きなトラブルが発生する事になる。
最低限、後に起こる事故を防げなかったとしても、その小さな輪郭(原因)を捉えておかないと、事故が巨大化する機会を広げてしまう。

今は全日空が今年に入って3件の小さなトラブルを起こしているが、自己相似性から発生する大きな輪郭は全日空の外にも広がっていて、小さなトラブルが小さな輪郭だとすると全日空は中くらいの輪郭、そして世界の航空会社と言う大きな輪郭が出てくる事になる。

全日空は勿論、他の航空各社も小さなトラブルの防止に勤め、そうしたことが無い期間を長く続ける事に拠ってしか、大事故、大惨事を防止する方法は無い。

いささか過敏かも知れないが、少し航空会社の小さなトラブルが続いているように感じる。

航空機大事故に対する注意警告、黄色の点灯を表示しておこうかと思う。


プロフィール

old passion

Author:old passion
この世に余り例のない出来事、事件、または失われつつ有る文化伝承を記録して行けたらと思います。

[このサイトは以下の分科通信欄の機能を包括しています]
「保勘平宏観地震予測資料編纂室」
「The Times of Reditus」

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

月別アーカイブ