「コロナウィルス」



RNAウィルスの1属、「コロナウィルス」に感染した場合の基本的な症状は「風邪」であり、SARS、MERSもほぼ同じである。
ウィルスは一般的に高い感染能力を有し変化が速い。

原理としては家を建てる木材などの材料の中へ、同じように材料として措かれた小さな小屋の材料が、家が完成するする際、一緒に完成して家の中に小屋ができるようなものであり、材料である為に完成形は決まっているようで決まっていない。

周囲の環境に拠って何にでもなれると言う性質が在り、繁殖と言う観点からすると、周囲に一番多く存在しているものへと流れていく可能性が有り、適合能力とその自由度は「生物」の比ではない。

初期段階で人間以外の小動物を宿主としていたウィルスでも、早ければ数日もしない内に人から人への感染能力を身に着ける。
少し前の伝染病研究では、細胞構造や遺伝子の関係から、動物を宿主としているウィルスは人から人への感染能力はないとされてきたが、少なくとも2000年以降の傾向を見るなら、これは単なる伝説に過ぎなかった事が実証されている。

コロナウィルスは簡単に性質が変化する。
初期感染能力が低かったものでも、数日後にはもう強力な感染能力を獲得している可能性が有り、風邪の症状も多様な事から、感染して発症する場合の症状には統一性が無く曖昧になる。

ただし、コロナウィルスは基本が「風邪」である事から免疫が確保され、必要な体力が備わっていれば感染しても死亡率は低く、逆に言えば免疫不全、栄養不足や体力が消耗された状態では感染率、致死率共に上昇する事になる。

SARS、MERSでは致死率30%、10%と言う統計が取られているが、これは感染者の大部分が高齢者や子供の感染が多かったからであり、例えば流行性のインフルエンザでの致死率は1・8%から2・5%、大流行したスペイン風邪が2・5%くらいと言われている。

この事から突発性ウィルスであっても、コロナウィルスの感染者中の死亡率は3%を上限と考えるべきだが、日本のような高齢者が多い地域、北朝鮮や中国農村部などの貧しい国家や地域では、他の非高齢化地域や豊かな国家よりは決定的に感染率、死亡率共に上昇する。

また簡単に変化していくウィルスの性質が最も効果を得る人為的効果に付いて、独裁国家、隠蔽体質や、ごまかしの多い指導者が政権に有る場合、人為的な面からウィルス感染者が増大する為、中国はもとより国家的に貧しい北朝鮮、政治的隠ぺいやごまかしの多い韓国、日本などはウィルス感染率が高くなる恐れがある。

突然発生するウィルス感染の終息は、人為的努力で終息されたことは1度もない。
エボラ出血熱、H5N1、SARS、MERS、どれもが自然収束であり、勝手に収束して行って助かっているのであり、人間ができる努力は感染者を広げない努力だけだが、大方の場合、気が付いた時は感染が広がっている。

それと感染者数と致死率だが、悪戯に数だけを追って判断してはならない。
日本の人口は1億2千6百80万人、中国は非正規人口も含めると17億人だから、同じ割合の感染率でも日本で10000人なら、中国では150000人が感染し、その内致死率3%とするなら日本では300人、中国は4500人になり、しかもこれは平均値であり、現実の感染者数と致死率は場所や時間経過に拠って偏在する。

アメリカファースト、経済最優先の国際的風潮、これが盤石に見えた国際社会だが、天の采配とは恐ろしいものだ・・・。
まさかと思う時に、まさかの事がやってくる。
自身らを神と勘違いしていた政治指導者たちは、これを機会に自分が何者なのかを今一度省みるが良い・・・。

コロナウィルスは界面活性作用とアルコールに弱い。
これはその表面が脂質だからであり、人込みを避け、外から帰ったら石鹸で手を洗い、治療方法は風邪の諸症状に対する治療法が有効である。

ちなみにウィルスは生物への進化過程ではなく、元々生物だったものが生物の特性を放棄した進化形と言う事も、付け加えておこうか・・・。
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「暖冬」



第二次世界大戦終結年、1945年以降で正規の気象統計が取られ始めたのは1948年、その翌年の1949年からの記録を見ると、1949年から1985年までは比較的日本の冬は寒かった事が伺えるが、劇的に変化するのは1986年からであり、ここから現在、2020年に至るまで日本の冬はそれ以前より暖かくなってきていた。

また一時期エルニーニョ現象が暖冬の原因とされた時期も在り、現在に至ってもこれを信じている者は比較的多いが、実はエルニーニョの年がすべて暖冬と考えるのは誤りで、エルニーニョと暖冬の合致率は60%を下回る。

地球温暖化の影響を騒ぐ向きもあるが、そもそも地球の温度は地球が反射する太陽光反射率に拠る原因が一番大きい。
さらに、CO2の温暖化は必要条件であり、もし仮に地球がCO2の保温効果を失っていれば、地球全土が南極並みの気象条件となっている。

日本に措ける暖冬の原因で一番多いケースは「北極振動」(AO)と「北大西洋振動」(NAO)振動の減衰に拠る、寒気の南下減少、これに拠って蛇行率が少なくなる偏西風などの動きに拠って、日本に寒気が下がって来ない状態を作るパターンが多く、2019年末から2020年初めの日本列島の温暖化も、現象的には同じ形を持っている。

しかもこの先2月に至っても寒気の蛇行率は上昇しない可能性が高い。
原因は、今の科学では特定する事ができないが、ここから推測される事は、太平洋側南岸での降雨量の増大と、日本海側の乾燥傾向であり、特に太平洋側では偶発的、一時的な弱い寒気に拠る突然の積雪に警戒する必要が在り、日本海側では2月後半から3月にかけての降雪に警戒する必要が在る。

こうした暖冬傾向の時は、春から秋にかけての気象条件が激化し易い。
降雨量が偏在し、雨が降る地域は常に雨が多く、雨が少ない地域は益々雨が少なくなる傾向に在り、洪水、水不足、低気圧勢力の強大化、台風勢力の強大化に拠る気象災害の危険性が大きくなる。

また、古来から大きな地震と温暖な気候の関連性は指摘され続けてきている点に鑑みるなら、今年の秋頃は激しい気象災害と大きな地震災害の可能性が在り、オリンピック開催期間中の選手、観客の避難計画、更には停滞している政治と経済、特に経済の崩壊は決定的なものが予見される事から、すでに総合再建計画諮問機関の設置が必要なレベルになっている。

今後の予想としては太平洋側の降雨量が増え、日本海側は乾燥する点、2月後半から3月にかけての突発的な降雪、5月6月の水不足から農作物の育成に影響が考えられ、同時に害虫の異常発生、ウィルスなどの蔓延、夏の猛暑、巨大台風の首都直撃、南九州から沖縄にかけての火山噴火の激化、同地域と北海道南西方面の巨大地震発生の可能性、海水温変化に拠る不漁が考えられる。

特に、8月後半から、2021年3月まで、日本は気象と災害、経済的な混乱から阿鼻叫喚を味わう可能性が在る。

「自分と言う壁」



「正」の本質は振りかざすべき絶対性を持たず、事の善悪、幸、不幸を問わず、本意、不本意を問わない後の肯定である。
断崖絶壁に立ち、その道は自身が希望する、或いは否かに関係なく他に選択の余地のない事を言う。

我々が一般的に概念している「正」とは「貞」を指し、「貞」は「大道」、多くの者がそれを善としたか、若しくはその事実が多かった事が経験的に示された結果、規範と言える。
従って「正」には選択の余地はないが、「貞」にはこれに倣うか否かの選択の余地が在り、これに倣う事を「貞」と言い、我々が「正」を使う時の多くは、厳密に言えば「貞」の倣いである。

「貞」は「定」「諦」であり、これには周囲が存在する。
しかし「正」は半分が破局に繋がる事から、「周囲」が在りながら漠然とした「外」が存在し、共に基本は「止」でありながら、「貞」は先がなくいずれ壊れていくものと言え、「正」は先を持つ事から同じものにして「貞」を壊すものと言える。

我々が「自分」と言うものを考えた時、それは社会が醸成した数多くの「貞」を自分なりに組み合わせたものと考えることができるが、「これはやっていけない」「これは絶対守らなければいけない」「これは善でこれは悪だ」と言う事などの組み合わせは、大方の人間が同じでありながら、細部は個人の事情に拠って微妙に異なり、この微妙な異なりを「自分」と意識する。

してその「自分」と意識された事柄の本質は何かと言えば「囲い」「限度」「壁」なのであり、当然その外は存在するが、壁などが外に向かって倒れないようにしているのも自分なのである。
言い換えれば、自分は自分に拠って貞められているのであり、自分らしさとは他との微妙な異なり、遠くに「貞」の崩壊を見ながら、それを命がけで守らなければ自分が失われるものなのである。

「自分」と言う壁は強固なものにして虚しいが、これを自分では絶対壊せない。
どれだけ力を入れようが、自分で自分を叩いても限度が存在する事に鑑みるなら、壁の破壊は外からしか求められない。
修行などと言う中から得られたものは「自己満足」の範囲を出ない。

それゆえ壁の破壊は外に求める以外になく、激しい苦痛と理不尽の彼方から振り返って見るなら、そこに壁が在った事に気づく、と言う代物なのであり、この事柄が怠惰に拠ってももたらされたなら、いずれの破綻を予感していながらの破綻、つまり修行と同じであり、自分の範囲を出ないばかりから、「自己放棄」と言うものになってしまう。

「いいじゃないか、人間だもの・・・」はそれらしく聞こえるが「諦」であり、「正」に見られるような「後の肯定」と言う未来に繋がる部分がなくなっている。
自分と言うものを一生懸命守りながら、それでも訪れる破局や崩壊はとても辛く厳しい。
しかしそうした先だからこそ、それまで自分として持っていた壁の偉大さと虚しさを知るのであり、この意味に措いては災害や事故、避けられない窮地と言うものは、求めようとしても得られない、それこそ究極の救いとも言えるのである。

自分と言う囲い、壁を壊しながら広がり、そこから見る景色はそこへ行かねば見ることができない。
そして広い景色を見ながら「自分」を忘れない。
広がりながら小さくなり、壊しながら希望にして、自分でそれを為すことができない。

「貞」は社会、人間にして「正」は人に在らずして「天」、確かなものは不正確にして、不正確なものが確か・・・・。

さあ、今日も1日、頑張ろうか・・・。

「地龍・火天大有」



「大有は大いなるもの有るの意にして、振動多し、事に海中と火山脈とに起因するもの最もその影響を受け、夏時、西南の分野、事に驚き多し」

大正12年(1923年)1月15日、華族会館でこれが発表されたおり、聴衆は驚き恐れ、或いは嘲笑し、笑い飛ばし、少し騒ぎになったが、この騒ぎの元が「小玉呑象」(こだま・どんしょう)と言う人物である。

高島易創始者の直弟子と言う以外、全く謎の人物で、1923年9月1日、現実に「関東大震災」が発生した事から著名となったものの、以後呪詛に拠って国内に乱れを起こしたのではないかと言う、当局の追及から身を潜め、代わりに彼の名を騙り一儲けしようと言う輩が続出し、日本中で「小玉呑象」が名乗られた事から訳が解らなくなり、素性が不明になってしまった。

残した著書は「地震の予知」と「大地は上下に震った」だが、1923年1月15日に出された「火天大有」(かてんたいゆう)とは、最上級の隆盛にして影響が海中と火山脈ゆえ、最大級の地震と言う事になる。

また夏時、西南の分野は、華族会館から西南の方向の平野、つまり神奈川県横浜市を指していた。
1月15日の段階で9月1日に発生する大地震と、それに拠る大火災、震源までも正確に予測していたのである。

易卦の基本は掛け算であり、それが通る道は直線ではない。
大きく曲がった道、小さく曲がった道が卦に拠って連続し、そのどの段階の何を対象とするかで大きく結果は異なる。
「火天大有」は好事最大の良い卦だが、対象となるものが何かに拠って、人には隆盛益と凶事隆盛の2通りが出てくる。

人の運勢の火天大有は大吉だが、地脈、地龍の火天大有は地震活動の隆盛、つまりは大地震になる訳で有る。
さらに日本の易は五行の象形影響を禁じているかも知れないが、凶事隆盛の場合は、その象形的基礎因子の影響を遠くに構えるのが中国古代易であり、火天大有の凶事隆盛は遠くに火を見なければならない。

現代日本の易は当たらない。
易の元と為る周易は漢代に思想書、教書的に編纂されている為で、周易と名乗りながら既に大まかでは外れない教科書と為っていた。
この意味では「易経」などは「三国志演義」と殆ど変わるものではなく、「断易」は孔子に拠って編纂された事になっているが、実は孔子の年代よりもずっと後に編纂されたものでしかない。

この流れを汲む日本の易を後生大事に受け継いだのが現代の「易」だが、易の基本は「変化」「無常」であり、こうした背景を考えるなら、「禅」や「孫子」の方が古代易の姿をより多く残していると言えるかも知れない。

また易には清らかな心、精神統一などが必要と言う者もいるが、実はこうした精神性は余り関係が無い。
元々は自己に対する外部変化ゆえ、自己の在り様に関係なく物事は起こり、それを量れる確率も自己の精神性で変化する事は無い。
日本の易が当たらないのは、精神性などに拠って歪められるからだとも言える。

清く正しい人のみが先を量れるなど、在っては為らない事でも有る。
むしろ素通りすると言った方が良いか、何も考えないし、求めない在り様が望まれるのである。
そして大きな変化の時は誰が引いても同じ卦が出る。
これは何故か、人間の営みより大きな者がやってくるからである。

北陸では今、多くの人が若干の不安を抱えながら暮らしている。
何となく2007年に発生した能登半島地震、中越沖地震の時と同じような気象的推移が見られるからであり、1月ももう半ばに差し掛かかろうとするにも関わらず、豪雪地帯では全く雪が降らず、穏やかな小春日和となっていて、この先1月20日過ぎても雪は降らない様相と為っている。

為に多くの人が何か悪い事が起こるのではないかと、不安になっているのであり、その不安の具体的なものが「大地震」だ。
2007年もまさしくこうした気候だったし、富山湾や福井の海岸では「りゅうぐうのつかい」などの深海魚も打ち上げられている。

1月8日の気圧配置などを見れば、春一番の時の気圧配置だ。
こうした事が続いて3月には能登半島、7月には中越沖地震が発生し、それ以後も深海魚の打ち上がりは日本各地で止まらなかった。
2010年には家のサトイモに花が咲くほど高い気温の夏がやってきて、翌年2011年3月には東日本大地震が発生した。

何となく嫌な予感がするのはやむを得ないと思うが、この高温化現象は日本各地で続いていて、深海魚の打ち上がりや異常不漁、若しくは反対の異常好漁も日本各地で発生している。
異常の範囲の大きさから地震の規模を考えるなら、そら恐ろしい・・・。

高い気温が続いている地域、深海魚が打ち上がっている地域、異常な好漁、不漁が出ている地域の人は、更に変わったことが発生していないか、充分注意しながら暮らして頂きたいと思う。

日本経済と政治の在り様、それに自然の異常に鑑み、どうも関東大震災や阪神淡路大地震、東日本大震災の時と同じような、極めて悪いものが近付いている気がして仕方ない・・・。

「大地震は温暖なものなり」



例えば雲の動きを見て雨の近い事を知る、或いは夕焼けの赤さに禍々しさを覚える、などの事をそれらしく言うと「宏観予測」(こうかん・よそく)と称する。

最も古来から存在し、最も基本的にして長い歴史と実績の有る基本的な未来予測だが、始まりは天候の移り変わりを知る術で有った事は、農耕、狩猟、どちらの民族にも共通していた。

しかしやがて、支配者と被支配者との分離が始まった頃から、主に被支配者側には残存し、支配者側からは遠くなった「宏観測法」は、やがて軍事作戦上の重要な位置を占める気象予測の観点から、また前線、局地戦では、現地に残る原始的な宏観測法の認知如何に拠って、勝敗が決する事例も生じせしめ、ここからローカル宏観測法が記録に留められ始める歴史を持つ。

日本に措ける宏観測法に拠る記録中、最も古いものは天平年間の海洋気象に関するものだが、これが平安時代には気候の予測になり、一般的古文書の解釈では「雷」と「おお雷」は同じものと考えられているが、現実には雷と「おお雷」の差異は区別記載の可能性が高い。

平安期には「雷」と「おお雷」の区別が出て来るが、この記述的差異は雷の近さだけかと言うと、実は雷+α、若しくは一般的な雷ではなかった事を指し示している。
つまり祟り等による、通常の気象的変化を超越した変化、唯「雷」とだけ記述するには済まされぬ「地震」を雷と区別したものとも推測できる。

日本は古来から気象と地震、火山噴火の被害が多い国であり、この意味では常に時の為政を左右する重要な「因」でも在った。
平将門の乱には富士山の噴火に地震、太平記の頃には「元弘の騒動」と地震、元禄時代にはやはり火山噴火と地震であり、ここから改革が間に合わず、結局徳川幕府の崩壊で明治を迎え、その時は安政関東地震、安政南海地震、安政東海地震が発生している。

近代から現代でも1923年、関東大震災が発生し、世界恐慌を超えられず日本は第二次世界大戦とひた走り、終戦時には南海地震であり、戦後で連立社会党政権時の阪神淡路大震災、民主党政権時の東日本大震災など、枚挙に暇が無い。

どれも地震が先か、変化が先かの区別が出来ない関係のものばかりだが、一つ言える事は政変、極端に閉塞感の有る時期には大きな地震も起き易いと言う事であり、これは科学的根拠が云々より先に、少なからずの「現実」である事を認識しておく必要が有るだろう。

またこの意味では気温と地震の関係にも微妙な現実的因果関係が存在し、平将門の乱は承平、天慶の乱と称されるが、この承平年間、西暦937年、富士山が噴火する。だがこの前後は、余り知られていないが日本各地で乱が続出していた時期でも有った。

駿河西部の末寺に伝わる古文書では、年代確定が為されていないものの、承平6年(936年)の秋、時ならぬ暑さと言う記述が見える。

そして地震と気象の宏観測法に拠る記録で、最も古い記録が楠正成(くすのき・まさしげ)の残した「通機図解」(つうきずかい)と言う、雲の形と気象の関係を示した記録だが、ここでは「朝方太陽の周りを黒い雲が周りを囲むようにして出ていると、午後2時くらいに大嵐、おお雷が来る」と記されている。

おそらく現実にそう言う事が有ったが故に記録されたものだと思うが、同時代「元徳2年」(1330年)頃、下総の国、南紀州、伊予などの地域では、伝承として地震の前には気温が上がる事が知られていた事を思わせる記録が残っている。

さらに時代が下って戦国時代、「今川義元」の軍師「太原雪斎」(たいげん・せっさい)の記録、これは元本が残っていないが武田軍の記録である「甲陽軍鑑」中に出てくる範囲で、雪斎が気象と地震の関係を調べていた事が記されていて、真贋がはっきりしないものの、やはりこの時代でも日本各地で深海魚と地震の関係、気温と地震の関係を記したものが出てくる。

江戸が成立する頃、こちらは家臣家の口伝記述では有るが、真田幸村も地震と周辺の変化を調べていたと言われ、「大きな地震が来る前には星が美しくなる」「また温暖なものなり」と言っていたとされていて、実は地震と温暖な気候の関係が伝承として確定するのは、江戸中期時代の事だった。

以降温暖な気候、高い温度と大きな地震は、殆どのケースで絡み合い、今に至っている。
大切な事は科学的根拠や物理的説明ではなく、「現実」であり、冬の高温がエルニーニョからもたらされているなら、エルニーニョの年は大きな地震が来る、などと言う安易な半科学的解釈をしない事である。

エルニーニョが冬季日本の高温化現象に関係する確率は、年代に拠って異なっている。
近年では70%ほどの合致率だったが、平均での合致確率は50%程のものだ。
冬季の高温化現象はその他の要因の方が大きい。

また週刊誌などで騒がれている地震予知は、毎日地震が来ると騒ぎ、範囲も全国に及ぶ。
これでは外れる方が難しい・・・(笑)
無理やり科学的根拠を後付けした予知は混乱を生むだけと言える。

GPS位置変化に拠る地震予知は、1980年代後期から東海地方でも地面の膨張が始まり、そこで政府は金に糸目を付けずに機材を投入し、地震を予知しようとしたが、地面の変化は存在しても地震は発生しなかった。
地面が動いても実際に地震に為るか否かは、33%の確率から出られない。

結局1995年、当時の科学の粋だった日本地震予知連絡会は、地震の予知は不可能の見解を出し、表舞台から姿を消した。

温暖な気候と地震の関係は、どこからどこまでの区別が出来ない。
しかし、現実としてそう感じたと言う人間が、1000年に渡って大勢いたと言う事である。

現在、日本各地で高温化現象が続き、魚の異常も各地で発生している。
これは大きな地震の前にも発生するが、通常の偶然でも発生し得るものであり、どちらかは実際に起こってみなければ解らない。

唯我々人間が出来る事は、こうした曖昧さの中から「何かを感じる」事であり、言い換えれば通常と異常が微妙なものを正しく見る目を持つ事である。
その為には、まず体を養い、心を平常にしてこそ、大切な何かを感じることが出来るのであり、食事をしっかり取り、心穏やかに暮らしていてこそ、微妙な異常を感じることが出来る。

自分や家族の命がかかっている時、最後に信じる者は誰か、誰を信じなければ為らないか、答えは簡単である。
「自分を信じなくて誰を信じる・・・」

最後に、大きな地震の前には高温な日と、もう一つ大切な事を加えておこう。
「晴れた日、風が止まった時が危ない・・・」

「傲慢の背景」

「ジミー(英国)がそれで納得するなら、悪くないんじゃないか・・・」

1982年4月1日、アルゼンチンのガルチェリ大統領との交渉に当たっていた、アメリカ合衆国大統領ドナルド・レーガン大統領は交渉決裂の後、既にフォークランドへ艦船を向かわせる用意を始めていたイギリス首相、マーガレット・サッチャーに、冒頭の支持表明を伝えた。

1982年3月19日、アルゼンチンのくず鉄回収業者がサウス・ジョージア島に上陸したことから始まった、フォークランド紛争の初めは、書類上の手続き不備がこじれて始まったものだったが、興味深いのは冒頭のレーガン大統領の言葉である。

アルゼンチンはマルビナス(フォークランド)戦争と意識しているのに、レーガン大統領は、この事をサッチャーの気晴らし程度にしか考えていない点に有る。

世界屈指の戦闘能力を持つアメリカに取って、その他の国に対する意識は、基本的に冒頭のレーガン大統領の意識だと言う事であり、その事は今も変わっていない。

2020年1月3日未明、アメリカの無人偵察機から爆撃を受け、イランのソレイマニ司令官が殺害されたが、同日早朝には妙な話が出回っていた。

イランとアメリカは、もう40年も直接交渉機関を設置していない。
それゆえイランに大使館を置いているスイスが、イランに措けるアメリカの意思表明機関を兼務しているが、ここに1月3日朝、イランへのアメリカからのメッセージとして「アメリカへの報復は応分に留めるように・・・」と言う話が入ってくるのである。

他国の司令官を殺害しておいて、「仕返しはこれに見合ったものにしておいてね」、とは如何にも馬鹿にした話だが、この感覚は冒頭のレーガン大統領の言葉と同じなのである。
明確な上から目線と、アメリカの都合を理解しているのが当然の横柄な態度だが、実はこうした場合、アメリカは困惑している事を現している。

つまり幾ばくかの不本意感がでているのであり、今回のソレイマニ司令官殺害に関して言うなら、暗にこの作戦は本意ではなかった、もっと言うなら「ミステイクだったので許してね」に近いので有る。

このことは何を意味しているかと言うと、アメリカの意思決定が二重構造になっている現実を示している。
ホワイトハウスの権限は絶大だが、実際に動くのは実務機関であり、必ずしも一致していない。

トランプ大統領になってから以降、アメリカはホワイトハウスと実務が乖離してきていた。
この時期にソレイマニ司令官の殺害を実行すると言うカードは、実務担当者だったら避けるだろう。
しかしトランプ大統領はこうした事を一切無視して、感情や感覚で動いて行く。
時にはやっていけない事をやってしまうのであり、これに対してトランプ大統領以前から続くアメリカの部分が、「許してね」と言う事をスイス大使館に伝えてきている訳である。

つまり連綿と続くアメリカ合衆国と言う部分は、トランプ大統領を一過性のものとしているのであり、既に次の場面を見据えた時の対応をしていると言う事なのだが、その連綿と続くアメリカの感性と言うものは、レーガン大統領の言葉に象徴される傲慢なヒューマニズム、或いは均衡だ。

イランにしてみれば司令官を殺された上に、「仕返しは程々にしておいてくれ」とは馬鹿にされたものとの怒りが強いかも知れないが、実は他を馬鹿にしたような言葉の中には、その当事者が抱えている現実が現されている時が有る。

1月3日朝のアメリカのメッセージが事実なら、アメリカは暗に「手違いだった」と言う事を伝えてきている可能性が在り、戦争回避に向けた良識の動きだった可能性が高く、この背景にはトランプ大統領そのものが「手違い」と言うメッセージが流れていると言う事である。

アメリカの権力二重構造はこれで決定的になって来た。
そしてこうした状態はいずれ限界を迎えるが、その日も近くなってきている事を示している。

怒り心頭のイラン政府には、こうした事情も勘案して作戦を考えて欲しいと期待するし、世界各国の諜報機関もこの事を念頭に入れて大局を誤らないように行動して欲しいと思う。

(2020年1月6日6時53分)

「大統領の自己保身戦略」



ドイツで行われた国民意識調査に拠ると、現時点の世界で最も危険な政治指導者の1位に選ばれたのは、アメリカのトランプ大統領だった。
ちなみに2位が北朝鮮民主主義人民共和国の金正恩書記長だったが、実に的確な認識と言える。

この調査が「世界に最も悪影響を及ぼしている指導者」でも1位の座は変わらなかっただろう。

では2020年1月3日未明に発生した、アメリカに拠るイラン革命防衛隊ソレイマニ司令官殺害に付いて解説する。
アメリカは2度の湾岸戦争に拠ってイラクでの石油採掘権確保を目指し、戦争終結後お友達政権を樹立してイラク再統治をめざしたが失敗、これに拠ってイスラム原理主義の反感を増徴させ、シリアも混乱に陥った。

結果、石油利益は危険と隣り合わせになり、派兵に拠る膨大なコストがかかるビッグリスク利益となっていただけではなく、併せて米軍の撤兵に拠り発生したシリアの内戦状態はヨーロッパへの難民流出と言う大きな悪影響を生み、これに圧迫されたヨーロッパは理想と現実の狭間で揺れ動き、その最も大きな結果がイギリスのEU離脱となった。

この事からイスラム原理主義を追滅しない限り、ヨーロッパへの難民流出は止まらず、その温床が不安定化したイラクに拠って供給される現実と、イラクを巡って完全統治をもくろむアメリカ、同じくイラクの利権までに手を伸ばしたいイスラエル、それに対抗するイスラム原理主義とこれを支持するイラン、アラブ諸国と言う図式が出来上がっていた。

ただ、真っ向からアメリカに楯突けないアラブ諸国の中では表立ってイスラム原理主義を支持することは出来ない。
急先鋒はイランだった。

イランと言う国家はイスラムで1つになってはいるものの、基本は各部族の権限が国家権力並みに強い国家であり、その意味では合衆国よりもさらに細かく地方分権が進んだ合衆国制と考えるべきで、この1つがソレイマニ司令官だった。

同司令官はイスラム原理主義の中ではとても人気が高く、行動力もあった。
これを叩きたくてアメリカは常に無人偵察システムで狙っていたが、戦争かテロかと言う究極的な意味では、ある種最後の切り札でもあった。

一方、既に暴力国家となりつつ有ったアメリカの中に残っていた彼等の良心は、トランプ大統領を弾劾にまで追い込んで来ていた。
ここで何らかの大統領継続要因の絶対的な保険が欲しいトランプ大統領は、その最も効果的な方法が「戦争」か「危機」であると考える。
図式はブッシュ親子と同じだが、本当に世界戦争を起こす度胸は無く、しかし成果は欲しいと言う、腰の引けた弱者いじめに近い。

国家戦略的に今、ソレイマニ司令官を殺傷する意義は余り大きくは無い。
これに拠って発生するリスクと利益を考えたなら、リスクの方が大きい。
だがトランプ大統領自身だけの事を考えるなら今しかないので有る。

自身に及んできた弾劾訴追、膠着する北朝鮮の非核化、中国との経済戦争などを考えるなら、ここで準戦争状態を作って措く事が大統領の地位を安定させる事に繋がる。

ついでに、最近偉そうな事を言っている北朝鮮の金正恩に圧力も加えられる。
司令官殺傷と言う現実がもたらす、金正恩の恐怖感はとても大きい。
上手く行けば朝鮮半島情勢も、北朝鮮大幅譲歩で平和解決と言う追加お土産も期待できる訳である。

それに何よりトランプ大統領は金正恩書記長が好きなのだろうと思う。
気が合うと言うか、馬が合うと言う事なのだろうが、本質的には唯の悪ガキが大人になっただけと言う、内容の無さで同胞感が生じているに違いない。

そして北朝鮮には背後にいる中国、ロシアの影響から手が出しにくいが、アラブ諸国では強烈な敵は存在しない。
アラブ諸国では最終的にアメリカと戦争を構える度胸の有る国は無い。
そう判断したが故のソレイマニ司令官殺傷なのである。

勿論ホワイトハウス以外、国務省、国防総省ではソレイマニ司令官の排除には異議を唱える者が多かっただろう。
行動は電撃である事を要した。
反対され実行できなければ、自身にかけられた弾劾のマイナスイメージを希釈できなくなる。
独断専横で事を進めて成功すれば、対外的にアメリカが割れている印象を防ぐ為、作戦に反対だった者も追認せざるを得なくなる。

だが、こうして自己保身から実行された作戦の付けは極めて大きくなる。
イスラムの報復は小さく分散されて長期に及び、国際社会は長期に渡ってテロの恐怖に怯える事になる。
文字通り、トランプ大統領は自分が大統領の椅子に座り続けたいが為に、世界の安全と平和を悪魔に売り渡したので有る。

トランプ大統領と金正恩の愚かさは同じものだ。
そしてこの2人が、ここ数年の国際情勢を不安定にしている張本人、イスラムのみならず世界の敵と言える。

プロフィール

old passion

Author:old passion
この世に余り例のない出来事、事件、または失われつつ有る文化伝承を記録して行けたらと思います。

[このサイトは以下の分科通信欄の機能を包括しています]
「保勘平宏観地震予測資料編纂室」
「The Times of Reditus」

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