真っ赤なポルシェ

雨の名神高速・・・1年前に買ったホンダのプレリュードSiは、まるで地面に張り付くように正確にコーナーをクリアしていく・・・サイドミラーには雨水が複雑な放物線の束になって、斜め後ろに流れていくのが映し出され、前方に見える車を追い越すために方向指示ライトを右に上げ、そのまま暫く走行車線を走り、、やがて追い越し車線へ入ると同時に指示ライトを戻す・・・。

アクセルを踏み込むと予想通りの加速で車は速度を速め、オプションでつけたサンルーフはガラスルーフ状態で、上から道路を照らしている外灯がそこを瞬間の光となって過ぎ去っていく。
「トゥ、トゥ、トゥモア、シェリー・・・ワァ、キャザデェトヮ・・・」車内にはこの時代でもすでに懐かしいと言う区分がされるだろう「ミッシェル・ポロナレフ」の「シェリーにくちづけ」フランス語バージョンが流れ、激しい雨と夜の闇を切り裂くように私と車は疾走していた。   

仕事で独立して間もない頃、営業で岡山のあるデパートを訪れていた私は、そうこうした経験は1日に大勢の人と出会う仕事の人なら憶えがあると思うが、出会う人、見る人全てが、どこかで以前に会ったことがあるように思えてしまう感覚に、戸惑うようになっていたが、出張2日目くらいだろうか、空いた時間にデパート内の本屋へ足しげく通っていた私は、そこでたった2日の間に5回くらいは出会ったと思うが、一人の女の子に出会う。

そして不思議だが毎回彼女は人を穴が空くほど、ジーっと見ていて、しまいには私もどこかで会ったことがあるのかもしれない、と思って声をかけてみた・・・「済みませんが、どこかでお会いしたことがありましたか・・・」昔から伝わるナンパの常套手段ではあるが、こうした言葉しかかけられないのもまた現実で、どうせ「いいえ」で終わるだろうと思っていたが、その返事は意外なものだった。

「それが・・わからないんです、どこかで会ったことがあるような・・・」
全く不思議な女の子だったが、瞬きもせずに大きな目でじっと人を見ていたことを考えると、あながち逆ナンパとも思えず、ちょうど遅くなった昼食を取ろうと思っていた私は彼女を誘ったが、彼女がオーダーしたのは野菜サンドで、その食べ方は本当に慣れていなかったらしく、バラバラとこぼしてばっかりだった。
サンドイッチは横に食べるとこぼれ易いんだよ、縦にして食べるとこぼれにくいから・・・」余りのうろたえぶりに私は思わず助け舟を出したが、こうして私たちは付き合い始め、やがて双方の両親も公認の付き合いになった。

そしてこのときから夜の高速道路は私の庭になって行った・・・、彼女は養護学校の教員になったばかり、私も仕事は忙しく、それからは1,2ヶ月に1度600キロは離れた距離を私は車で会いにいったが、こんな事情から高速道路を快適に走ろうと、それまで乗っていたセダンをスポーツカーに変えようと思い、当初候補に登っていたのがポルシェ・・・赤い色で中古だったが、それでも国産の新車スポーツカー並みの値段で、ちょうど滋賀県の友人がこれに乗っていたので1度試乗してみたのだが、やはりポルシェは凄かった・・・50キロで走っていても5段変速のギヤが1段しか入らない、つまりセコンドに変えられず、これだと通常の一般道路ではオーバーヒートしてしまう可能性があったのだ。

憧れだったが、これでは実用性がないと思い、ホンダの新型でリトラグ・ダブルのライト(ライトが普段はしまわれていて、車内操作で目が開いたように起きて前を照らす形式のライト・・・当時のポルシェもこれだった)採用のプレリュードに決め、ポルシェを買わなかった分予算も余ったので最上級のグレードにして、サンルーフ仕様にしたのだが、当時高速道路で凄いスピードで走る車として、ベンツ、ポルシェ、BMW,そしてマツダのツインローターRX7、ホンダのプレリュードと言われただけあって、プレリュードの走りは実に滑らかだった。

私たちはこの車でいろんなところへドライブに行ったし、遊びにも行った・・・本当に真面目な暮らししかしていなかった彼女が私には新鮮に見えた・・・その心の美しさも好きだった・・・、やがて1年も経過すると、彼女は出会ったときとは比べ物にならないほど、綺麗になっていった。

だが、やはり距離は厳しいものがあり、お互い始めは遠慮してこうした現実を避けていても、次第に「かたち」が欲しくなり、それが時々言葉として現れるようになっていき、やがて結婚と言う決断にまで自分自身を追い詰めた彼女は、今の現実に耐えられなくなって別れることを決断した。

大体私はフラれることが多かったが、その最後に必ず言われることがある「もう少し優しかったら・・」・・・だが仕方ない、私は彼女を家まで送り、彼女の両親に「こう言う結果しか出せず申し訳ない」と詫び、彼女には「元気で・・・」とだけ言って車に乗り込んだ。
5月・・・この頃は比較的良い天気が多いのだが、この日は日本の半分が雨だった。

「ミッシェル・ポロナレフ」を「クイーン」の「ウイアー・ザ・チャンピョン」に切り替えた私は、さらにアクセルを踏み込み、トンネルを凄いスピードで駆け抜けたが、こうしたスピードは2人で乗っているときには出せないもので、私はなぜかこの時ヤケになっていたのではなく、反対に妙な開放感を味わっていて、少しだけホッとしていた。
とりもなおさず、これは私が卑怯だった証しでもあった・・・。

それから半年くらいまで・・・彼女からは時々電話があり、別れてから男気がなく次の出会いもない・・・と言う電話があったりしていたが、私は自分の美学としてこうした元カノとの再燃はみっともないと思っていたし、そんな感じが伝わってしまったのか、やがて電話はかかって来なくなった。

そしてその数年後・・・私は妻と結婚、仕事が以前にも増して忙しくなり、プレリュードも余り活躍しなくなっていたが、免許取立ての妻がこの車を使っていて、妊婦検診に行った帰り、病院の側壁にぶつけてしまった。
幸い怪我はなく、お腹の子供も無事だったが、これを機会にもうスポーツカーは無理だな・・・と思い、コンパクトなセダンに切り替えた・・・、プレリュードは修理してまた中古車で販売されることになったが、車を引き取りに業者が訪れたとき、自分の青春がこれで終わったような気がして、ともに若さを走り抜けていった車の後姿を見送りながら、少し目が潤んでしまったことを憶えている。

もしこれから先、生きながらえて全ての責任を果たしたら、今度は真っ赤なポルシェを是非買いたい・・・そして面倒くさがらずに、若い女性でも(でも・・・とは何だと怒られるか・・・)助手席に乗せて、疾走ではなく、ゆっくり車を走らせて見たいものだと思う。
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