晴れた日の街角・Ⅰ

クリスマスイブの午前中、この日は冬にしては珍しい穏やかな晴天だったが、家内からどこかでケーキを買って来るよう頼まれた私は、いつも行っている洋菓子店へと足を運んだ。

子供も小さい頃は丸いケーキでロウソクを灯すと喜んだが、受験前の中学生や高校生ともなれば、丸いケーキは切るのが面倒だ・・・と言うような話になり、ここ最近はいつもショートケーキの詰め合わせが、家のクリスマスの定番となっっていたが、こうした殺風景さは我が血筋のなせる業か・・・。

しかしそれにしてもこの街の荒廃ぶりは目を見張るものがあり、商店街といっても殆ど人通りがなく閑散としたもので、歩いている人の姿も殆どが高齢者、穏やかな日差しは、まるで縁側で日向ぼっこをしている老婆のような光景、そんな様子が街全体を覆っているかのように思えた。

いつも洋菓子を買っているその店は、そうした荒廃した商店街の外れにあったが、私の両親と余り年齢の変らない夫婦が、それぞれ主人はケーキをつくり、婦人が店頭でそれを販売すると言った具合で、慎ましく店を切り盛りしていて、狭い店の中にはこれも予約されたものか、何十個かのケーキの箱が積まれていたが、この時間に来店している者は私しかいなかった。

イチゴのショートケーキを5個、チョコケーキを5個、モンブランを5個と言う具合に、私は都合20個のケーキと、従業員スタッフ用のケーキ2個をお願いしたが、その間、ケーキを箱に入れて包装しながら、婦人はまた目頭に涙を溜めていた・・・。

「ありがとうね・・・、また助けてくださいね」
何度も何度も婦人はそう言いながら箱を包み、私は沈黙していた・・・・。

この店の、この夫婦の一人息子は私の高校時代の同級生で、私は何度かこの菓子店に遊びに来たことがあったが、高校卒業と同時にそれほどの付き合いはなくなり、暫く疎遠ではあった。
しかし今から10年ほど前だろうか、この息子は一番下の子供が生まれた直後、自殺してしまった。

理由は分からないが、とてもナイーブな性格だったことから、多分精神的に不安定になってしまったのだろうと言う話が同級生達の間では囁かれていたが、その真相は分からない。

ただ幼い子供3人を残し、そのうえに菓子店の後継者も失ったこの夫婦は、一時彼の妻と共に絶望の縁を彷徨ったことは間違いなく、彼等をまた再起させたものは他でもない、残された子供で有ったに違いなかった。
だから彼と同級生だった私が店へ行くと、彼等夫婦は息子のことを思い出し、また自身も高齢となってくる不安から、こうしていつも泣くのである。

「景気も悪いし、私らもいつまでこうして働けるかわからんけど、まだ一番下の子供は小学生やから、頑張るしかない」、婦人はいつもこう言い、そして「また助けてくださいね」と涙ぐむのである。

地方の、いや田舎と言うものは日本の縮図のようなところがあり、例えば好景気、不景気と言ったものは本当に極端な事態を引き起こす。
1980年代までは景気が良い時期と、不景気が3年から4年間隔にやってきて、その時不景気の波に呑まれた者の決着は悲惨だった。

夜逃げか自殺であり、私が知る限りでも1980年代前半までは、近くの公園の松ノ木には、年に3人ほどの人が首を吊っている状態だった。
だから田舎に住んでいると言うことは、こうしたはっきりとした決着がいつも身近にあって、その中でそれを乗り越えていかないと、次は自分がそうなることが明確になっていたように思う。

昨日まで笑っていた者が、次の日にはいなくなる、商売や人としての有り様を教えてくれた人がある日首を吊って、泣いて泣いて、泣いても帰って来ない、その傍らには喪服姿の奥さんが小さな子供を抱いて泣き崩れる姿があり、こうした光景は人から一切の言葉を摘み取る。

生きていることは辛い・・・。
そしてそうした辛さは年末のこの時期に形を現すことが多かった。

だからこうして暖かく晴れた日は、何故か悲しくもあり、そしてどこかで憎い、どうせなら荒れて荒れて、目も開かないほどに荒れまくってくれたほうが、生き残った者には贖罪になるような、そんな思いにさせられるものなのである。

「私が買えるくらいのものは、たかが知れていますが、頑張ってください」、私は婦人にそう言うと、先に大きな箱を受け取り、婦人がスタッフ用のケーキにもクリスマスの飾りを挿して、また小さな箱に入れてくれるのを待ったが、その時奥から「こんにちわ」と言う声が聞こえ、女子高生らしき女の子が出てきた。

そして「こんにちは」と言葉を返した私は・・・・、今度は私が泣きそうになった。
女の子の面影にはしっかりと、在りし日の友の顔が生きていたのである・・・。
あれから10年、もうこんなに大きくなっていたのだな、良かったな、みんな頑張ったんだなと思うと、思わず目頭が熱くなった・・・。

彼の娘は元気に店を通ると、外へ出て行き、やがて全てのケーキが包装され、私は代金を支払って店を出たが、婦人はわざわざ玄関まで送りに出てくれて、それに何度もお辞儀しながら、私は車に乗り込んだ。

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