「火葬場からのお呼び出し」・Ⅱ

残酷なように思うかも知れないが、生と死のコントラストとはこうしたものであり、
このコントラストが曖昧な社会は生と死の区別も曖昧なり、自身の生も他人の生もないがしろにするか、反対に死を大きく捉え過ぎて亡者を背負いながら一生を送るかのどちらかになる。

葬儀の内容は今と余り変わらないが、供えられた盛篭などの菓子や果物は葬儀が終わり次第参列者にばら撒かれる。
節分の豆まきみたいなもので、こうした菓子などを参列者はわれ先に拾うのである。
全く関係ない近所の子供も拾っているのだが誰も咎める者はいない、そればかりか「おまえもこれを持っていけ」とくれたりするのだ。

現代の人がこれを見たら「なんとあさましい」と思うかも知れないが、死体の扱い同様、これも生と死と言う一連のコントラストであり、葬儀のもっとも重要な部分が、この辺にある。

そしてこうした儀式と同時に村の若い衆は薪を切って火葬の準備をするが、村の各地区はそれぞれに民家から離れた山のふもとに火葬場を持っていて、火葬用の薪を切る雑木山まであって、そこから切り出された薪は火葬場の窯に敷き詰められ、そこで死者が燃やされる。

葬儀では参列者、村人、親戚縁者、まかない、火葬の準備をした人達全員が何らか形で「ご膳でよばれる」(お膳の料理を食べる)が、精進料理とは言え、塗りの椀にご飯、吸い物、すいぜん、煮物、香物、胡麻あえ、酢の物に菓子椀まであり、饅頭などの詰め合わせから、「おかざり」と言う名目の別の菓子箱まで付いてくるのだが、これらを総称して「香典返し」と言った。

参列者はこうした「香典返し」を手に各家に帰り、近所に「おしょうばん」と言って香典返しの菓子を配ることになっていた。

近年葬式の香典返しはまことに質素になったし、夜伽(お通夜)の膳もセレモニーホール任せになったが、貧しい時代でも死者を弔う式にはここまでのことをしていた訳で、生命の値段が計り知れないほど高くなったと言われる現代日本だが、その言葉とは裏腹に何か薄く、寒いものを感じてしまう。

こうした傾向は結婚式でも同じことで、一昔前なら結婚式と言えば両手に抱えきれないほどの引き出物や菓子を手に帰ってきて、近所にまで配ったものだが、今では商品券とカタログ1冊のスマートさだ。
しかもこのカタログ、欲しい物が殆ど載ってなかったりする。

私は田舎生まれの水飲み百姓の出だから、やはり食べ切れなくてもたくさん菓子や料理が返ってくる式が好きかも知れない。  

さて葬儀が終わってからだが、いよいよ棺桶の蓋に死者の長男か孫が釘を打って、棺桶は白木の輿(こし)にのせられるが、この輿は台座に棺桶をのせてその上から屋根付きの輿を被せる仕組みになっていて、全体的には白木だが部分的には赤や緑、白などの装飾があり、簡単な神輿(みこし)のようなものだ。

この輿を死者の縁者が神輿と同じように担ぎ、その後を参列者がぞろぞろと付いて行くのだが、棺桶は火葬場に付くと輿から外され窯に積まれた薪の上に乗せられる。

僧侶によって読経が唱えられ、皆最後の別れをするが、この窯は長方形の土塁を内側から四角く削り取ったようなもので、人が寝た状態で入れる土の箱のような形になっていて、1面には風通し穴があり、高さは90センチほど、この中に薪が縁の高さまで敷き詰められてその上に死者が入った棺桶が乗っているのだ。

むかし、この村でもお金持ちは輿も一緒に燃やしたと言われているが、私の知る範囲ではこの葬儀用輿は燃やされず複数回、壊れるまで共同使用されていた。

こうして最後の別れが終わると、殆どの参列者は帰ってしまうが、10人前後の縁者や希望者は火葬場に残り火の管理をする。
薪に火が付いて棺桶が燃え始める頃になると死者の体は手足が伸びた状態になろうとして棺桶を破り、その勢いで窯から落ちることがあるからで、また通常火葬は夕方から始まって朝方までかかるが、時々部分的に焼け残ることもあり、こうしたことがないよう夜通し見張るのである。

この火葬番は誰が残っても構わず、女、子供も特に制限されていないが、夕食と夜食の料理や酒が葬儀をした家から運ばれ、それを飲み食いしながら死者が燃えていくのを見ているのである。
こうした料理や酒を運ぶ時は、暗い山道を上がって行かなければならないので、3人から4人で運ぶことになるが、一人は明りを灯す役で、むかしは明りが提灯だった。

しかし火葬場とは言え間仕切りも何もない天井の高い10坪ほどの倉庫のような建物、対面する2方には広い出入り口はあるが、戸は付いておらず仮眠をとることもままならない状態、床は土間どころか土であり、外は深い山の中で、1晩中番をするのはかなり過酷だったことから、料理の運び役が火葬番の交代要員を兼ねているときもあった。                                  

         「火葬場からのお呼び出し」・Ⅲに続く
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