第二章・8「全体の一部」

緒長と吉田、それに緑子も毎日死ぬような忙しさに追われていた。

まず独立を支持してくれたロシア、中国共産党政府、それに韓国政府との間に現状境界線で防衛協定を結び、尖閣諸島を日本領として除き沖縄諸島を領土とし、日本との関係は国境は決められたものの、往来や自衛隊の活動は今まで通りとした。

これに拠って日本は尖閣以外の防衛負担が軽くなり、沖縄の通貨は2年間円とアメリカドルの2重通貨制度の後、基本的にはアメリカドルを主要通貨とする事に決められたが、これらは全てケビン・シュナイダーの提案だった。

すなわち阿部新造総理の経済政策は2年以内に破綻を向かえ、その時円を国家通貨としていた場合のリスクがドルより大きい事が予想されたからであり、これによって同じ民族が日本と沖縄に分離されたが、経済的には同じ民族が円とドルと言う2つにリスクを分散した効果を持つ事になった。

事実こうして沖縄対応では独立を承認せざるを得なくなってしまった阿部総理、影を落とし始めてきた経済政策と共に、日本国内で激しい責任論が浮上し、10月には自民党の総裁選挙で余利(あまり)経済産業大臣が次の総裁に選ばれていた。
また緒長は久世山の進言も有って、沖縄議会を琉球議会に昇格させていたが、同時に琉球国議会議員全員に対し白紙委任状の提出を依頼していた。

6ヶ月の議会決議委任状、再延長はもう6ヶ月以内の2回までを限度する議会白紙委任状、つまり緒長は最長12ヶ月の独裁者となる訳で、これは何を意味するかと言えば、緒長は最長12ヶ月の独裁政権の後辞職し、そこで選挙に拠る民主的な新政府の樹立を目指していたと言う事である。

これに関しては多くの反対意見が出たが、緒長は議員全員に土下座して、或いは涙を流しながら説得し、ほぼ過半数の白紙委任状を取り付けた。
これは急激に変化する中国情勢を考慮しての事であり、議会を通していたのでは間に合わない緊急の対応が求められる場合の事を想定したからだった。

また基本的には2年間の移行期間が設けられていた事、更にはパスポートの日本との共有期間の設定などが有り、諸外国から日本から独立した琉球国を見ようと、多くの観光客が訪れ、琉球国は大いに繁栄する事になった。

「徐さん、こちらの準備は何とか整いましたよ・・・」

遠く西の空を眺める緒長知事、いや現在は緒長国家元首、新しく作られた琉球国の国旗、上下半分の下が黄色、上が白の国旗を部屋に掲げ、やがて中国が黄色を基調にした国旗になるだろうと徐から聞いていた事から、この2つの旗が並んでたなびく時を信じる以外に道は無かった。

10月24日、緒長や吉田、それに緑子を通じて孫や徐たちとも頻繁に意見を交換していた久世山宗弘が体調を壊して病院に入院したが、その容態は余り芳しいものではなかった。
風邪から肺炎を併発し、高齢な事も有って中々回復しなかった事から、数日後、緒長は病院へ久世山を見舞いに行っていた。

「お加減はどうですか」
「おお、これは知事、いや今は琉球国国家元首でしたな、お忙しいところ済みません」
「久世山さんは琉球国の最大の功労者です、どうぞお体を大切にしてください」
「おかげで沖縄はやっと自分で決断することが出来ました」
「いよいよこれからですな・・・」

久世山は時折激しく咳き込みながらも体を起こしてベッドに座った。

「議事堂は県庁舎を当てたとか・・・」
「ケビン・シュナイダーの提案です」
「元首官邸も旧知事公舎です」
「賢明な事です・・・」
「金も無いのに自分が住む家を大きくしてどうすると言われましたよ」
「彼から学ぶ事は多い・・・」

「おかしなものですね・・・・」
「大東亜戦争の時、文字通り日本は混乱のるつぼでした」
「兵隊達は満州、マレーシア、ジャワ、インドと明日はどこへ行くのか解らなかった」
「だから、行ったその土地が全ての所があって、自分が今立っている所が全体の一部だと言う事を、どこかでは感じていたかも知れません」
「でも戦争が無くなり、国が安定して外へ出なくなると自分の国の事しか考えなくなる」
「そしてまた国家だの威信だのと言って争いを始める」

「沖縄はこれで日本との関係が悪化しましたが、その沖縄はこれから日本を守る為に動かねばなりません」
「皮肉なものですね・・・」
「おそらく今は一番恨んでいるだろう、自分より大きな国の事を小さな独立したての国が考えている」
「緒長さん、日本と中国の事、韓国の事、頼みましたよ」
「久世山さん、あなたと言う人は・・・・」

「私は本当は支那で死んでいたはずでした」
「生きているのが何時も申し訳なかった」
「何を仰るのですか」
「あなたがいたから私も徐さんも道を見つけることが出来た」
「息子が死に、孫夫婦まで死んだのにまだ自分は生きている」
「自分が生きている事と引き換えに周りの者が死んでいるんじゃないか、そんな事を思っていました」
「でも、最後にこうして皆さんのおかげで、自分なりの意味を付ける事が出来た」

「久世山さん、淋しい事を言わないでください」
「何か、お別れの言葉のようじゃないですか」
「久世山さんにはまだまだ教えて頂かなければならない事がたくさん有ります」
「しっかり体を休めて、お元気になってください」

緒長は窓から見える穏やかな海を見つめる久世山の、どこかで輪郭線が弱くなっているような、そんな気がして次の言葉をためらった。









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