第二章・10「ワシントン」

「あなた目が見えないのに、ものを見ることが出来るんですって、とても面白いわ」
オフィスのデスクに座っていたマリア・クレイトンは、緑子が部屋に入ってくると立ち上がって緑子の前まで近付き、微笑んだ。
「ねえ、あなたアメリカの大学に入らない」
「カリフォルニアでもマサチューセッツでも、ハーバードでもいいのよ」
「あなたが希望する大学を手配するわ」
「勿論学費は免除、住むところも奨学金も支給するけど、どう?」
「悪い話じゃないと思うんだけど」

「すみません、私には老いた曽祖父がいて、彼は病院に入院しています」
「ですから、すぐに帰りたいんですが・・・」

緑子は日本語で話し、それをさっき英語を日本語に通訳した女がマリアに伝えているようだった。

「中々お利口さんなようね」
「でもあなたは自分の未来を自分では決められないかも知れないわね」
「次期大統領がこんな事をして恥ずかしくは無いですか」
「うーん、痛いところを突くわね」
「でも次期合衆国大統領だから、やってるのよ」
「暫く休んで考えなさい」
「良いホテルを手配したわ」
「でも外には出れないけどね」

マリア・クレイトンはそう言うと元のデスクに戻ろうとした、その時だった。

突然マリアの携帯電話が鳴り、彼女がポケットから携帯を取り出すと、相手は国防総省、国防長官からだった。

「琉球国プレジデント緒長が会談したいと言って来ましたが、どうしますか」
「随分早く解ったのね」
「それで何か言ってた?」
「緑子の力を持つ者は一人ではないとの事ですが、これは暗号か何かですか」
「いえ、暗号ではないわ」
「もう一人いたの?」
「そう言う事らしいです」
「解った、すぐに会うと伝えてちょうだい」
「了解しました」

この時まだ琉球国には正式なアメリカ外交部施設が無く、アメリカ軍基地内に仮の外交部が置かれていたが、その管轄者は基地指令が兼務していた。
それゆえ緒長はアメリカ軍基地の外交部に連絡を取り、国家元首として会談を望んでいる事を伝えたのだったが、多忙を極める次期合衆国大統領がこうも簡単に面会に応じるとは、やはり緑子がワシントンにいるのは確実なのだ・・・。

緒長はアメリカの恐ろしさが身に沁みて解ったような気がした。

「良かったわね、明日には迎えが来るわ」
「えっ、わたしをそんな簡単に帰してくれんですか」
「もう一人いるって事は、それは日本や沖縄ではなく中国って事になる」
「だとしたらあなた一人を捕まえても意味が無いし、これで拷問してでもって言う手も無い訳ではないけど、それだと情報の精度が怪しくなる、手間もかかるしね」
「良かったわね、あなたとは良いお友達の関係でいられる事になったわ」

マリア・クレイトンはそう言って微笑むと、外で待っている日系アメリカ人の女達に緑子をホテルに連れて行くよう指示した。

翌日の午後、ダレス国際空港に降り立った緒長を迎えたのは、アメリカ空軍マイク・マコーミック少佐だった。

マリア・クレイトンは次期大統領で有る為公式な会談は出来ない、またこれはアメリカの国防上の重要案件でもあることから、会談は秘密会談にして欲しいと言う要請で、これに同意した緒長はワシントン郊外のホテルへと案内され、そこには既にマリア・クレイトンと緑子が待っていた。

「琉球国プレジデント緒長、ようこそ、お久しぶりね」
「次期大統領もお元気そうで何よりです」
「お嬢さんをお返しするわ」
「これは一体どう言う事ですか」
「ミセス緑子は沖縄独立前後から働きっぱなしだったから、私がワシントン見物にご招待したのよ」
「我々はこのまま帰して貰えるんですか」
「勿論よ、合衆国は自由の国、大統領でも意味も無く人を拘束できないわ」

「唯、理解していると思うけど、今回の事が表に出ると、上海で頑張っている同志の目的は露見し、これから後の中国はアメリカの力を必要とする」
「でも今は合衆国が動いている事を知られてはまずい・・・」
「日本に有る運命共同体って良い言葉ね」
「合衆国には同じ意味の言葉が無いんだけど、私達はどうやらその運命共同体みたいね」

「これから後もこう言う事は有り得るんですか」
「さあ、それはどうかしらね、プレジデントのお気持ち次第ではないかしら」
「私はこれまでも誠意を持って合衆国との約束を履行してきました」
「今度のような事態は両国の信頼関係を損ねるものかと思います」
「そうね、あなたは誠実だった・・・」
「だとしたら、これから先こうした事は起こらないんじゃないかしら」
「約束して頂けますか」

「プレジデント緒長、ここにいるのは私とあなたとミセス緑子だけ、約束を守ったかどうかをどうやって担保するかしら」
「では約束して頂けないんですか」
「あなたは相変わらず、直線的ね・・・」「私が約束すると言って、それを信じられるのかしら・・・」
「そう言う事よ・・・」

「じゃ、せっかく来たんだから自由の女神でも見物してったら?」
「それとミセス緑子、昨日の条件は私が合衆国大統領である限り有効よ」
「気が変わったらいつでもいらっしゃい」
「今度は無粋なSPは付けないわよ」
「有り難うございます、その時は宜しくお願いします」
「あなた、本当に賢いわね、私達きっと良い友達になれるわ」

マリア・クレイトンは小さな声で答えた緑子の肩に手を添えると、輝くような笑顔でホテルの部屋を出て行った。
緒長はその笑顔に一瞬背筋が凍るような恐ろしさを感じたのだった。





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